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しあわせの唄がきこえる
004




「でも立川君は、僕の忠告をことごとく無視してくれたみたいだね。崎谷先輩の前は羽生誠、ついでに言えば流生まで懐かせてる」

「う」

鋭い視線に耐えられなくなった俺はそっと目をそらす。彼を見つけた時から気まずいものを感じていたが、やはり突っ込まれたか。確かに、俺は蒼井君がせっかくおしえてくれたことをまるっきり無視しているどころか、彼に逆らってばかりいる。これはあわせる顔がない。

「流生はもう、今さらどうにもならないし立川君のせいじゃないだろうから仕方ないけど、羽生誠と崎谷先輩はいただけないな」

「ご、ごめん。でも羽生とは絶対もう関わらないようにするって決めたから」

「崎谷先輩は?」

「……」

どうにもうまく嘘のつけないタイプの自分はかなり損だと思う。どうせその場しのぎの嘘をついたってすぐにバレるのだが。

「しかもよりによって立川君は、崎谷先輩に好きだとか言ったらしいじゃないか。公衆の面前で」

「いや、あれは確かによくなかったと思ってるけど。つい感情が高ぶって」

責める気はないと言った割に蒼井君の口調はやけに刺々しい。責めているというよりは呆れているといった方が正しい気もする。

「でもまさか立川君が崎谷先輩に惚れるなんて……。順応性高すぎじゃないのか。いや、それとも元々そういうタイプの……」

「あのー、蒼井君?」

なにやら小さい声で呟きながら考え込む蒼井君に遠慮がちに呼び掛ける。彼は邪念を振り払うように頭を振るとこちらに詰め寄ってきた。

「いや、もうそんなことはどうだっていい。立川君、今すぐ崎谷先輩のことは諦めるんだ。彼は絶対に誰かと付き合ったりしない」

「どうしてですか?」

「……」

一瞬、言葉を詰まらせた蒼井君は気まずそうに顔を伏せた。彼はため息をつくと、覚悟を決めた目で見つめてくる。

「あまりペラペラしゃべりたくはないけど、皆が知ってることだし、仕方ない。話すよ、崎谷先輩に何があったか」

「……お願いします」

皆があんなにも先輩を遠巻きにして、先輩も周りを遠ざけている理由があるのならぜひ知りたい。そしてたとえ何があっても崎谷先輩への気持ちは変わらないのだと、俺は1人確信していた。





「崎谷先輩は、昔は今の格好よりもっと酷い…というか身も蓋もない言い方をすれば、とてもダサい容姿していたんだ。意図的にね」

「……まずそれがよくわからないんですが。なぜ先輩はそんな格好を?」

「彼は理事長の溺愛する孫で、その姿も理事長の指示だったんだ。崎谷先輩の容姿は、ここではとても絡まれやすいんだよ。だから多少ダサくとも襲われるよりマシだろうと考えたんだろうね。先輩がいくら強いと言っても、やっぱり不安だったんだろう」

「?」

よくわからないが、要するにここではダサい男より綺麗な顔をした男の方が不良の標的になるということか。普通は逆だろうと思うが、やはり顔がいいと僻み半分に、調子にのってんじゃねぇと絡まれるのかもしれない。

「先輩はどうやら、あのダサい変装をしなければ学校に通わせないと理事長から言われていたみたいで、本心ではかなり嫌だったみたいだよ。まあ全部後から知った話で、しかも噂でしかないから本当かどうかわからないけど。とにかく、そんな容姿ではヤられることはなくても友達は1人もできなかった。元々、それほど愛想もなくて社交的でもなかったみたいだしね」

「そう、なんですか」

彼はとても優しいが確かに第一印象はつっけんどんな感じだったか。しかし決して人に嫌われる性格ではないと思うのだが。友人がいないって、いったいどんな酷い姿をしていたんだ。

「けれど崎谷先輩は2年になってから、1つ上の先輩に友人ができたんだ。きっかけはよく知らないけど、その3年の先輩は誰とでも仲良くなれる人でね、みんなから好かれていた」

「ちょっと待ってください。ということは、崎谷先輩は1年も友達がいないままだったんですか?」

「……ああ、酷い話だろ。でもその先輩と仲良くなってからの崎谷先輩は、幸せそうだった。2年の終わりごろになると、先輩がかなりの美形だってことには周りも感づいてきて彼に近づく奴らもでてきたけど、その時すでに崎谷先輩はその3年の人と深い仲になっていたんだ」

深い仲、ってなんでそんな妙な言い回しをするのかわからないが、とにかく崎谷先輩には1つ上の親友がいたということか。それはとても良いことだが、今の先輩の様子を考えると悪い予感しかしない。

「3年になってその人が卒業してからも崎谷先輩はその人一筋で、どんなに周りから好かれても見向きもしなかった。その頃には先輩の強さも有名で、彼を襲おうなんて勇気ある人はいなかったんじゃないかな。たまに羽生誠とはぶつかってたみたいだけどね。でも、ある日を境に崎谷先輩はすっかり人が変わってしまったんだ。それまでは必要最低限の付き合いをしていたクラスメートとも距離をおき、自分に近づいてくる男には冷たくあたるようになった」

「……なんで?」

答えを聞くのがとても怖かったが、ここまで聞いてしまったら止められない。口にしたくもないが、もしかしてその先輩は……。

「崎谷さんは、先輩に切られたんだよ。彼が卒業した瞬間に」

「え」

切られた、とはいったい何なのか。さっぱりわからず固まる俺に、蒼井君が話を続けた。

「よくあることだよ。この学校での付き合いはこの学校の中だけ。外に出れば大抵サヨナラだ」

「切られたって、つまり音信不通になったってこと?」

「そう。その先輩が崎谷先輩のことを忘れて、大学で彼女作って楽しくやってるってのは、見た人もいるし確実だと思う」

「……はあ」

なんとも気の抜けた、間抜けな声で返事をする俺。崎谷先輩には悪いが、もっと壮絶な過去があると思っていた俺としては少しばかり拍子抜けだった。確かに状況は色々と違うが、中学ではとても仲が良かったのに卒業した途端に疎遠になった友人なら俺にも何人かいるし、今は1人ではないのだから新しい友人をどんどん作っていけばいいと思う。なぜここでの初めての友達というだけで、そこまで固執するのかわからない。

そんな俺の考えが顔にもろに出ていたのか、蒼井君は難しい表情をして話を続けた。

「人によってはそんなことと思うかもしれないけど、自分がつらかったとき助けてくれた人が、少し遠くに行った途端すっかり変わってしまったら、人間不信気味になってもおかしくない。先輩は元々普通の人だったみたいだし、まさかそんな風に関係を終わらせられるとは考えてなかったんだろう。本当に、この学校ではよくあることなんだけどね。みんなここを出ると目が覚めるから」

「……」

「僕が知っていることはこれぐらいだけど、立川君が先輩と本気で付き合っていこうと思ってるなら、覚悟を決めた方がいい。軽い気持ちで手を出したらきっと先輩を深く傷つけて、今以上に他人を遠ざける人にしてしまうだろうから」

蒼井君の話は忠告というよりは、むしろお願いに聞こえた。確かに、俺には誰も友達がいない学校生活など経験したことはないし、その時唯一仲良くしてくれた友人に捨てられた人の気持ちなどわからない。だがきっと、俺が考えているよりもずっとつらいのだろうと思う。俺の行動は、大袈裟に言えばこれからの先輩の人生に関わってくるかもしれない。だからこそ蒼井君もわざわざ俺におしえてくれたのだ。


蒼井君の話が終わり彼が行ってしまった後も、俺は暫くその場に立ち尽くしていた。先輩への尊敬と憧れの気持ちが変わったわけでも、諦めたわけでもなんでもない。だが、だからこそ俺はこのままただ何も考えず先輩を追いかけてもよいのかと、ずっと自問していた。


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