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しあわせの唄がきこえる
003



そんなことがあった日から、俺への嫌がらせはさらに酷くなった。ちょっと人気のないところを歩くと小突かれ、罵倒されるのは日常茶飯事だ。こんなことが続けば誰だってまいるが、俺は絶対に崎谷先輩に付きまとうのをやめなかった。それが嫌がらせを助長させているのは百も承知だ。だがどんな代償を払ってでも、俺は彼の側にいたかった。



そんなある日の朝、登校した俺が靴を履き替えていると、突然後ろから無遠慮に引っ張られた。


「あっきー、久しぶり〜」

「……えっ、戸上さん!?」

俺の首根っこを引っ付かんで上機嫌に笑っているのは、なぜか俺のことを気に入ってくれているらしい3年の不良、戸上悧輝だった。

「はい、ちょっとこっち来てー」

「えっ、え!?」

状況を理解する間もなくずるずると人気のないところへ引きずられていく俺。音沙汰がすっかりなくなっていたので俺のことなんてとっくに忘れていると思っていたが、そんなことはなかったらしい。

「ごめんねあっきー。こんな朝っぱらから……ってなんか荷物多くない?」

「……おかまいなく」

私物をすべて持ち帰っている俺は毎日大荷物だ。しかし学校において帰ると盗難にあったり壊されたりするので仕方ない。

「俺に何か用ですか?」

「冷たっ! 何その冷たい返し!」

「いや、別に……」

自分的には普通に会話しているつもりだったのだが、戸上さんは泣きそうな顔で非難する。流生に見られるとまた面倒なことになりそうなので、早く会話を終わらそうとしていたことは認めるが。

「なんだよなんだよ、羽生に興味なくなったら俺のことまでポイ捨てしてさ、俺の純情を弄んだ責任とってよ!」

「いやいや、弄んだって…」

後退りしてなんとか自分の教室に戻ろうとする俺の腕を掴んで無理やり引き戻す戸上さん。聞かなきゃ解放してくれなさそうなその様子に、俺は観念した。

「わかりました。聞きますから、手放してください」

「ありがとー。えっとね、単刀直入に言うと、あっきーにはうちのチームに入ってもらいたいんだ」

「……いや、それは結局駄目だったじゃないですか。普通に羽生さんが許さないでしょう」

あれだけ懇願してもまったく取り合ってくれなかったのだ。もし羽生が手放しで了承してくれていれば、この状況にはなっていないだろう。

「俺は羽生さんに嫌われてるし、無理ですよ」

「それマジで言ってる? 全っ然嫌われてないから! もし本気で嫌ってたなら、会ったその日に下っ端にリンチさせて、あっきーはとっくに登校拒否になってるっつーの!」

その後の戸上さんの力説によれば、羽生はもう周りが驚く程超短気らしい。誰よりも早くキレて、誰よりも早く突っかかるのが彼のアイデンティティーでもある。その羽生が、俺に対してだけはそうではなかった。だから俺は気に入られていたのだと、そう戸上さんは主張しているのだ。
だがしかし、本当に気に入ってくれていたならすぐに仲間に入れてくれるだろうし、だいたい俺は彼にリンチされかかったのだ。これはもう戸上さんの勘違いだとしか言えない。

「なんか全然信じてくれてねーみたいだけど、羽生はほんとにあっきーのこと気に入ってたよ。あっきーが崎谷に乗り換えてからちょー機嫌悪いしさぁ」

「はぁ」

戸上さんはそう言うが、あの人機嫌いい日とかあるんだろうか。まあ、たとえ百歩譲って羽生が俺にチームに入れようと考えているとしても、今さら俺の気持ちは変わらないわけだが。

「羽生はプライド高いから、自分からは死んでも何も言わないだろうけど。でも、あっきーをそう簡単に諦めたりしないと思う」

「……?」

「俺は本気だかんね。よーく考えた方がいいよ。また、返事を聞きにくるからさ」

「えっ、ちょっと待っ……」

俺が何かを言う前にさっさと走っていってしまう戸上さん。ちゃっかり言い逃げされてしまい、きちんと断れなかった俺は呆然とその姿を見送ることしかできなかった。









とにかく戸上さんとは後々話をつけることにして自分のクラスに向かうと、ドア口の近くで流生と蒼井君が立って話しているのが見えた。あまり一緒にいる姿を見ないので普段は意識しないが、そういえば二人は友達だったか。挨拶したいが、どうやら取り込み中の様で話しかけるのを躊躇ってしまう。しかしドアに近づくにつれ二人の会話が聞こえて、俺は足を止めた。

「だから、ちょっと話したいって言ってるだけじゃん。なんで流生が間に入ってくんの」

「やだよ。だって蒼君、絶対あき君に俺の悪口言うもん」

「言わないよ。流生の話なんかしないって」


どうやら俺のことでもめているらしい二人は、まだ本人が来たことに気がついていない。蒼井君は俺に会いに来てくれたみたいだが、声をかけてもいいだろうか。

「いいから流生は早くどっか行きなよ。僕は立川君を待つから」

「駄目。蒼君が余計なこと言わないように見張ってる」

「だから、絶対言わないって。約束約束」

「あの……」

「うわっ! びっくりした!」

小指を絡ませてぶんぶん振っていた蒼井君は、控えめに声をかけた俺を見て飛び上がるくらい驚く。だがすぐに人のよさそうな笑顔を見せてくれた。

「久しぶり、立川君。転校初日以来だね」

「うん、あの時はありがとう」

「いやいや、僕は何もしてないよ。今日は君に話したいことがあって来たんだ。二人きりでね」

二人きり、を誇張しながら流生をチラ見する蒼井君。流生はむすっとしながらもおとなしく引き下がった。

「蒼君、ぜったい約束破っちゃやだからね。嘘ついたら絶交だから!」

そんな捨て台詞を残して教室へ戻っていく流生。慣れているらしい蒼井君は彼を適当にあしらいながら話を切り出した。

「立川君、別に僕は君を責めにきたわけじゃない。でもどうしても忠告しておきたいことがあるんだ。――崎谷先輩のことでね」


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