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しあわせの唄がきこえる
流されたら負け



こうと一度決断したら、よほどのことがない限り曲げたりしない。
俺は自分でも自覚があるほどに、悪く言えば頑固な人間だった。

だからこの学校で強くなることは決定事項で、とても目的を忘れて青春しようなどという気にはなれなかった。こうなった以上、自分を強くするにはもう武道でも習った方が手っ取り早いのだろうが、そんな金も時間も母子家庭のうちにはない。私立で、しかもこんな交通費だけで馬鹿にならない遠い距離の学校を選んだのだ。習い事はおろか部活だって難しいだろう。
ならば俺がとるべき道は、たった一つ。やはり最初の計画しか残されていなかった。









「今まで、本当にすみませんでした!」

これで最後だと自分を奮い立たせ、俺は羽生達のたまり場にやってきていた。そしていつもの場所に座る羽生誠に向かって深く深く頭を下げた。

「俺はもう二度と、羽生さんには近づきません。今まで迷惑かけて、申し訳ありませんでした」

「えーっ!」

俺の言葉に不満げな声をあげたのはもちろん羽生ではなく戸上さんだ。彼は慌てて俺の元まで駆け寄ってくる。

「そんな! あっきーがもう来ないなんてつまんない! 考えなおしてよ」

「……すみません、戸上さん。色々協力してもらったのに。でももう決めたことですから」

「やだやだ、つーまーんーなーいー!」

まるで駄々っ子のように俺の腕を両手で掴みぶんぶんと振り回す戸上さん。誰か助けてくれないだろうかと辺りを見回すも皆見てみぬふりだ。ただ諫早さんだけがつかつかとこちらに近づいていて俺の肩を力強く掴んだ。

「い、諫早さ…」

「懸命な、判断です」

「……」

彼はちょっと泣きそうな、けれどマジな顔でそう言うと、すたすたと元の場所に戻っていく。しかし俺の足にはまだ戸上さんがへばりついたままだ。

「と、戸上さん。離れてくれませんか? 俺がこれ以上続けても、羽生さんに迷惑がかかるだけですし」

「だったら! だったら俺が羽生の代わりになるから! あっきーを誰よりも強くしてみせるからさぁ」

「ああ、それなら」

「え?」

いつまでも膝に顔を埋めてぐずぐずとごねる戸上さんを引き離す。そして憧れのあの人を思い浮かべながら、俺はとびきりの笑顔を見せた。

「もう、心に決めた人がいますから」












そう、俺はあの日から崎谷先輩のストーカーだった。簡単に言ってしまうと、羽生誠にやっていたことを先輩にやっていたのだ。そして当然のことながら、俺は死ぬほど鬱陶しがられている。羽生以上に尊敬している大好きな崎谷先輩だ。ウザさもきっと二割増しぐらいにはなっているだろう。

羽生さんへの挨拶がすんだ俺は、小走りで自分のクラスに戻っていった。正直、無傷で帰してくれるとは思っていなかったので少し驚いている。何発か羽生に殴られる覚悟をしていたのだが、彼は最後まで何も言わず目もあわせてはくれなかった。助かったことは助かったが、結局は俺のやったことはすべて無駄足だったということになる。それほどまでに俺から解放されたかったのだろうか。

何にせよ、これで羽生誠にぶっ殺されることも、流生に怒られることも、桃吾や母さんに心配をかけることもないのだ。俺はちょっとだけ気持ちを軽くしながら自分のクラスに入ると、クラスメートの視線がなぜか一気にこちらに向いているのに気がついた。

「……え?」

突然の異様な空気に一瞬何があったのかと固まる俺。しかし誰かが何かを俺に言ってくる訳でもなく、流生も見当たらないため何もわからず微妙な空気のまま自分の席へ向かった。

「……っ」

俺の目の前に飛び込んできたのは、汚れまくった自分の席だった。机の上にはマジックで酷い言葉が殴り書きされており、鞄、机の中のものがすべて床にぶちまけられている。あきらかに誰かに意図的に荒らされた形跡があり、周りのクラスメート達も遠巻きに見ながらひそひそと話していた。自分の席の酷い惨状に唖然としていると、後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。

「あき君っ、これ…」

こちらに駆け寄ってきた流生が、俺の机を見て同じく呆然とする。放心していた俺は珍しく慌てる流生にも反応できなかった。

頭の中が真っ白のまま、俺は机の上にひっそりと置かれた小さなメモを見つけた。それを手に取り、そっと紙を開いて中を読む。


あの人には近づくな。

そこにはたった一言、それだけ書かれていた。あの人が誰かなんて考えなくてもわかる。タイミング的に言って崎谷先輩だ。ということはこんなことをした犯人は、俺が先輩に付きまとっていることが気に入らないということか。でも、いったいどうして。

とにかく、こんな状態では授業は受けられない。とりあえず近くに散らばっているものを急いでかき集め、鞄や机に詰め込んだ。

「俺も、手伝う」

「…ありがと、流生」


クラスメート達の冷たい視線が悲しかっただけに、流生の優しさはとても嬉しかった。俺は机を片付けながら、どうしてこんなことをされたのか見つからない答えを探していた。


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