しあわせの唄がきこえる
004
そんなことがあった次の日、俺は流生に言われた通り、なるべく戸上さんとは会わないように、彼がいない時を見計らって羽生誠に接触することにした。羽生とも関わるなと言われた気もするが、ここだけはどうしても譲れない。いくら友達の頼みでも、だ。
「羽生さん! 待ってください!」
「……くそっ、またてめぇか」
その日の彼は、珍しいことに俺を見た瞬間足を止めた。いつもなら俺が呼び掛けても無視するのに、もしかして俺の熱心なアタックに根負けしてくれたのだろうか。ついつい嬉しくなって笑顔二割増しで羽生に近づいた。
「羽生さん、今日こそ俺を弟子にして下さい! 羽生さんが折れてくれるまで、絶対に諦めませんから」
「……」
もはやお決まりとなった台詞を口にした俺を羽生は見下ろし、何かを考え込んだ後、無言ですたすたと歩いていってしまう。いつもと違う様子の彼を怪訝に思いながらも、俺はそれでも彼を追いかけた。
羽生が廊下を歩くだけで、周りの生徒が何メートルも先から道をあける。赤い髪と長身で遠くからでもすぐにわかる存在感に圧倒されているのは俺だけではないようだった。
「あの、羽生さん。どこに行くんですか?」
「……」
「?」
無視ごときで俺の心は折れたりしないが、やっぱり今日の羽生は変だ。俺を追い払うでもなく受け入れるでもなく、もしかすると無視し続ければ俺が諦めるとでも思ったのだろうか。だとすれば甘すぎる。
無言で歩いていってしまう羽生を後を追いかけていると、見覚えある人とすれ違った。ボサボサの髪に大きな眼鏡。地味な出で立ちだが俺にはすぐに誰なのかわかった。俺を助けてくれた恩人、崎谷一成先輩だ。
「あ……」
先輩と会うのは初対面のあの時以来だ。ずっとお礼を言いたかった俺にはまたとないチャンスだったが、羽生は先々と早足で進んでいってしまう。仕方なく俺は崎谷先輩に一礼して、羽生を追いかけることにした。俺を一瞥した崎谷先輩の反応を見る限り、彼は俺のことを覚えてくれていたようだ。今日登校していることはわかっているのだから、また改めてお礼を言いに行けばいい。この時の俺はそう思っていた。
羽生がやってきたのは、いつも溜まり場にしている人気のない渡り廊下だ。しかし今日はいつもみたい他の不良達がいない。まだ集まっていないのだろうかと思いながら、俺はいつもの指定席の前に立つ羽生に近寄っていった。
「羽生さん? どうかしたんで……ぐっ!」
無防備に近寄っていった俺の腹に、羽生は突然一撃をくらわしてきた。
「う、あっ……」
当然ながら立っていられなくなった俺は、その場に膝をつく。羽生はそんな俺の髪を乱暴に掴むと、茂みに放り投げた。
「い、ってぇ! 先輩何を……っ」
先輩の足に首を押さえつけられ、言葉が出なくなる。俺を見下ろす先輩の冷たい目に息を飲んだ。
「調子乗ってんじゃねえぞ。うぜぇんだよ、てめぇ」
俺の首に羽生の体重がかかり、まともに呼吸ができなくなった。ヤバい、羽生が本気でキレている。ここにきて俺はようやく本気で身の危険を感じた。
「あー…、どうしよ。お前も他の奴ら同じように、吊し上げにすっかな。歩道橋の下と屋上、どこがいい?」
「……っ」
羽生の容赦ない言葉に血の気が引く。いくらなんでも殺されることはないだろうと高を括っていたが、これが脅しでなきゃ俺は死ぬ。
「いや、もっと面白い方法もあるよなぁ…」
「げほっ」
羽生は俺の首から足を離し、シャツを雑に引っ張り引きちぎった。ボタンが弾けとび唖然とする俺の上に、ひょいと乗り上げてきた。
「もうすぐ他の奴らが来る。てめぇが俺にヤられてる姿、見てもらおうぜ」
「……っ?」
俺を攻撃するのになぜ服を脱がす必要があるのかわからない。二重に辱しめるつもりなら大成功だ。だがここで逃げ出すようじゃ、一生強くはなれない。すべては俺が選んだこと、自業自得なのだから。
「いっ、な、何…?」
羽生はベルトがかかったまま下を無理に脱がそうとしてきて、とりあえず俺は抵抗する。ちょっとかっこつけて腰で穿いていたことを初めて後悔した。
「細ぇな。ちょっと力かけたら折れんじゃねえの」
「っ……」
まるで試すみたいに恥骨を押さえつけられ、痛みに背中を反らせ精一杯抵抗する。しかし下手に動くとその方が怪我をしそうだ。素人の俺がそう感じる程、羽生誠には絶対的な強さがあった。
「羽生さん。やめて…下さい」
「はっ、今さら何言ってんだよ。覚悟決めて俺に近づいてきたんじゃねぇの?」
そう耳元で囁かれ、俺は唇を噛んだ。覚悟は決まっている。だがここで大人しくやられたって、羽生は俺を認めてくれない。ならば、どうすれば彼は俺を認めて、仲間に入れてくれるのだろう。羽生さんの役に立って、気に入られるために今の俺はどうすればいいのか。
「いいから我慢してろよ。くくっ、戸上の奴、俺にヤられてるお前見たら悔しくて泣いちまうかもな」
身体の色んな所が痛くて痛くて、羽生の言葉なんて頭に入ってこない。泣いちゃ駄目だってわかってるのに、痛さに涙が滲んで視界が霞んだ。
「慣らさなくてもいいだろ。てめぇ、相当なドMみてぇだし?」
羽生の愉しそうな声が、俺の脳に響き渡る。返す言葉もなく、俺は何の抵抗もできずただ羽生に殴られるのを待つことしかできなかった。
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