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しあわせの唄がきこえる
002



その日の昼、俺は約束通り桃吾に断りを入れて戸上さん達と昼食をとっていた。授業終了と共に教室にやってきた戸上さんが俺を連れてきたのは食堂。普段あまり利用しないだけに何だか新鮮な気分になる。


「おーい! 羽生〜!」

「おせーぞ戸上、一体何して……げっ」

すでに席についていた羽生さんは俺の顔を見るなり露骨に嫌そうな顔をした。隣には、あちゃーといった表情の諫早さんもいる。

「なんだよ、そいつ。何でここにいる」

「俺が誘っちゃった」

「誘っちゃったじゃねえよ。ふざけんなぶっ殺すぞ。俺は教室に戻る」

「えー、せっかく羽生にここの特製ステーキ奢ってやろうと思ってたのに」

「……っ」

その一言で羽生は再び席に戻った。戸上さんが自分の隣の椅子をポンポンと叩いてくれたので俺は恐る恐るそこに座る。

「俺らいっつもパンなんだけど羽生が財布忘れたっていうから、お金貸す代わりに食堂に引っ張ってきたの。あっきーとの交流を深めてあげたくってさぁ」

「あ、ありがとうございます」

「だから俺とも個人的に親しくなろうね、あっきー」

「はぁ…」

「おい、いいからさっさと注文しろ」

なぜかやけに密着してくる戸上さんに俺がちょっと引いていると、羽生がイライラした声で命令してくる。俺達のテーブルは周囲の生徒から完全に遠巻きにされていた。

「んー、確かにもうお腹ペコペコ。諫早、俺ラーメンね」

「ステーキ、早く買ってこい」

「は、はいぃぃ」

羽生に睨まれ諫早さんは物凄いスピードで立ち上がる。反動で椅子が派手な音をたてて倒れた。

「あっきーは何がいい?」

「えっ!? いや俺自分で買ってきます!」

「おー、いけいけ。んでもう帰ってくんな」

俺は諫早さんと逃げるようにその場を後にし、さっさとカウンターに注文しに行った。羽生誠と一緒にいられるのは嬉しいが、やっぱり怖いものは怖い。


「立川君」

「え、はい」

羽生からかなり離れたところまできた時、諫早さんがやけに険しい表情で俺に話しかけてきた。

「羽生さんには、近づかない方がいいです。本当に」

「……」

「あの人、自分の害だと判断した人間には容赦ないですから」

諫早さんの声は弱々しく震えていて、本気で恐がっているのがわかった。言葉に重みがあるだけに少し背筋が凍る。

「忠告ありがとうございます。でも俺、羽生さんみたいに強くならないとここに入学した意味がないんです。だからある程度は覚悟してきました」

「た、立川君は全然わかってないんですよ! この前、土下座していた男を覚えていますか? 羽生さんは彼を……うっ…」

吐きそうな顔で涙ぐみそれ以上話を続けられない諫早さんにさすがの俺も血の気が引く。彼に何があったのか気になるが、自ら突っ込んで訊ねる勇気はない。

「羽生さんはまだギリギリ本気でキレてないです。いつもならもうとっくに立川君は登校拒否にされててもおかしくないのに」

「えっ、あれでキレてないんですか? 俺、前普通に殴られたんですけど」

「本気でぶちギレたらそんなものじゃないですよ。でもそれもきっと時間の問題です。だから、どうか今のうちに」

「諫早さんの忠告は受け止めます。でも、俺は」

「羽生さんだけじゃありません。あの人に近づくと、別の意味で厄介なのが……」

「いーさはや!」

「ひぃぃ!」

諫早さんの言葉を遮るように戸上さんが彼の肩に覆い被さる。オーバーに悲鳴をあげた諫早さんは可哀想な程あたふたしていた。

「何あっきーと二人で話してんの? 抜け駆けすんなよ〜」

「こ、これは別に」

「罰として諫早はあっきーの分まで注文すること。あっきー、行こー」

「えっ」

戸上さんが俺の肩に手を回し半ば無理やり引っ張っていこうとした時、なぜか戸上さんの足が止まる。何事かと彼の視線の先を追うと、そこには取り巻きを連れた遠藤流生がいた。

「……遠藤ハーレムだ」

「はい?」

流生の率いる集団を見てポツリと呟いた戸上さんの言葉にぎょっとする。理由はもちろんハーレムという表現が気持ち悪かったからだ。まあ、言い得て妙だが。

「ハーレムって何ですか…」

「あれだよあれ、遠藤の親衛隊」

「親衛隊…? 派閥的な?」

「そ。人気ある生徒には必ずあるよ」

確かに、不良に派閥は付き物だ。強い者を筆頭としてグループを作るのは自然なこと。やはり流生のあの集団は上下関係で成り立ってる不良の集まりだったということか。しかし学年差があるとはいえ、どうも見ても流生のところが羽生のチームに勝てるとは思えないのだが。やけにキラキラした顔のいい奴らが目立ち、その中でも特に飛び抜けた美形が流生だ。

「何か…、なよなよした感じのが多いですね」

「遠藤の趣味だろ。あいつんとこの親衛隊は特殊で、遠藤が気に入った奴しか入れないから。あのハーレムに入りたくても入れない奴がいっぱいいるってわけ」

「へぇ…」

関係ないが流生のことを話す戸上さんはなんとなくいつもとキャラが違う気がする。刺があるというか、嫌っているのが丸わかりだ。

「つーかあっきー、ああいうのに疑問は持たないんだ?」

「えっ、何がっすか」

「べっつに〜」

戸上さんの言葉は気にかかるが、彼はそれ以上答えようとせず笑って誤魔化されてしまった。あんな細身の男達が喧嘩などできると思うのか、という意味だろうか。しかし見た目が細く見えても実は強い奴らはいる。うちの弟がまさにそれだ。まぁ、俺は細身の流生よりもがっしりした羽生さん一択だが。


「……っ!」

戸上さんにしなだれかかられながらそんなことを考えていると、仲間に囲まれた流生と目があってしまった。戸上さんと引っ付いていた俺を見た流生の目が冷たく細められ、思わず身震いしてしまう。

「っ……」

「あっきー?」

どうやら流生を怒らせてしまったらしい俺は、とりあえずすぐに戸上さんから距離を置く。しかし流生の視線はまったく変わらず、俺は睨み付けられたまま生きた心地がまったくしなかった。


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