しあわせの唄がきこえる
続・理想の男子
「おっはよ〜、あっきー!」
「…おはようございます」
次の日の朝、登校してきた俺が教室に入ろうとした瞬間、見計らったように戸上さんが挨拶してきた。まるで待ち伏せしたかのようなタイミングに俺は少々驚いたが、彼はいたってフレンドリーに接してくる。
「あっきー意外と遅いんだねー、来るの」
「自宅通学なもので」
「え、自宅? へぇー、そうなんだ残念」
何が残念なのかさっぱりだが、昨日の一悶着はなかったかのような態度にちょっと戸惑う。きっとあれくらいのこと、戸上さんにとっては些細なことなのだろう。
「あの…俺に何か用事ですか?」
「冷たいなぁ。用事がないと来ちゃ駄目なわけ?」
「そういうわけじゃないですけど…」
しかしこれ以上この人と一緒にいて、話している姿を見られると面倒なことになる。もちろん全部、流生の話だ。
「用事ならあるよ。今日、一緒に昼ご飯食べようかと思って誘いに来た」
「俺をですか?」
この学校のナンバー2の不良である戸上さんの誘いは非常に断りづらいが、俺には桃吾という先約がある。それにこの人と一緒にいるところを見られたら、あいつに何て言われるか。
「すみません。俺、昼は…」
「羽生も来るよ」
「えっ」
羽生。その名を聞いて俺の考えが180度変わった。彼には拒絶されすぎていて、最早まともには近づきづらくなっている。
「ぜひ、ご一緒させて下さい!」
「んじゃ、昼に迎えにくる。あ、アドレスも交換しとこー。羽生のもおしえてあげるし」
「あー…羽生さんのは自分で訊きます。でも、戸上さんのはおしえて下さい」
申し出はありがたい限りだったが、きっと無断で聞き出してメールしても受信拒否されるだけだろう。アドレス交換してくれるくらいの師弟関係になれればいいのだが。
「んじゃ、またメールするね。バイバイあっきー」
「はい、また昼に」
上機嫌で去っていく戸上さんに手を振り、ようやく教室に入って早々1人の男と目が会う。その男、遠藤流生に睨み付けられるように見られ身体が凍りついた。
いつまでも止まっているわけにもいかないので、顔をひきつらせながらそろそろと席につく俺。流生は友人(パシり)に囲まれながらも、俺からずっと目を離さなかった。
「おはよう、あき君」
「……おはよう、流生」
「仲、良くなったんだ?」
何のことを言われているのかはすぐにわかった。よりによって一番見られたくない人に目撃されてしまうとは。
「いや、あれはまぁ成り行きで」
「アドレス、交換してたけど」
「……断れなかったんだよ」
何でここまで言い訳しなけりゃならないんだと思うが、流生の苛ついた視線にプレッシャーを感じて弁解の言葉が口から次々と出てしまう。さながら今の俺は浮気が恋人にバレた男のようだ。
「はい」
「え」
流生に見覚えのない携帯を差し出されどうしていいかわからなくなる。その場で固まっていると流生がむっとした顔で呟いた。
「アドレス、俺にも」
「あ、ああ。なるほど」
どうやらこれは流生の携帯だったらしい。口数が少ないのでわかりづらいが、アドレスを交換しようということだろう。
「あき君のアドレス、俺のに入れて」
「はいはい」
いつもの猫なで声で頼まれて断れるはずもなく、俺は言われるがまま自分のアドレスを流生の携帯に入力する。登録が終わり携帯を返すと、流生は機嫌良さそうに微笑んだ。
「流生君、おはよう〜!」
「おはよ」
そうこうしているうちに流生の友人達が次々と集まってくる。パシりではあるのだが利害関係が一致しているせいか大変仲がいい。もしかすると1人じゃ何も出来ない流生を見かねて、友人達が彼の手助けをしているのだろうか。となると、流生は不良などではなくただの甘えたな一般生徒ということになる。
そんなことをぼんやりと考えていた俺は、すぐ横を通ったクラスメートがペンケースを落としたことに気がついた。それをすぐさま拾い、気づかず歩いていってしまったその生徒を追いかけ声をかけた。
「待って! えっと……」
そこで俺は自分が彼の名前を知らないことに気づく。いくら転校して間もないとはいえ、まだろくにクラスメートを把握していないというのは問題だ。
「これ、落としたよ」
とりあえずは手にもったペンケースを差し出すと、なぜか彼はかなり驚いていた。奇妙な反応に首をかしげていると、その生徒はペンケースをひったくるようにして取り、すたすたと歩いていってしまう。
「え……」
いったい今のは何なのか。何か一言ぐらいあってもいいだろうに、まるで俺と関わりたくないと言わんばかりの態度だ。クラスメートの奇妙な行動に、ただ唖然とするしかない。
もしかして俺は、自分でも気づかないうちに彼に何かしたのだろうか。しかし今の生徒とは関わりどころか話をしたことすらない。いや、そればかりか俺はこのクラスでは流生以外の生徒と話したことがないのだ。
転校生だからといえばそれまでだが、それにしても周りとの関わりがなさすぎる。羽生誠の子分になるのに必死で今まで気にしていなかったが、これはちょっと大きな問題だろう。
友達がいない。その事実にちょっと衝撃を受ける。今まで、どうやって友達を作っていたのか。そんなこと考えたことすらない。友人関係でここまで悩んだこともなければ、友達がいない状況になったこともないのだ。
だが今のクラスメートの反応を見ると、もしかすると俺はクラスで嫌われているのではないかと不安になる。流生がいなければ自分は完全に孤立していた気さえする。
すっかり疑心暗鬼になってしまった俺はその後の授業中、ずっと気分が落ち込んでしまっていた。
ただ1つ確かなことは、このままいくと俺は流生以外に話す相手がいないままになってしまうということだった。
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