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しあわせの唄がきこえる
002




突然の申し出にしばらくの間、誰も何も言わなかった。永遠に続くかと思われた沈黙は、他でもない羽生誠によって破られた。


「断る」

「そ、そんな!」

すげなく拒否された俺はショックではあったがこんなのは想定済みだ。たった一回駄目だったからといって諦めるわけにはいかない。なぜなら羽生先輩は、怖くて強くて迫力があって、まさに俺の求める不良像にぴったりの人物だったからだ。

「お願いします羽生先輩! 俺、どうしても強くなりたいんです! 不躾なお願いだとわかっていますが、どうか考えてくれませんか?」

「だから断るっつってんだろ! 何でてめぇみたいなお荷物抱えなきゃならねぇんだよ!」

「えー、いーじゃん羽生。弟子とかかっけぇし。俺らのグループに入れてやろーぜ」

「ああ?」

先程のフレンドリーな先輩がにこにこ笑いながら口をはさんでくる。先輩は俺の目の前まで来ると肩に手を回してしなだれかかってきた。

「俺、戸上悧輝(リキ)っていうの。覚えてね、あっきー」

「あ、あっきー…?」

「んで、そこで始終震えてんのが諫早瑞季(ミズキ)。てか別に俺達こいつらいじめてるわけじゃないから。そんな目で見ないで」

つい本音が顔にででしまっていたらしい。不良と関わる以上、こういうことにも慣れなくてはいけない。

「ちなみに諫早はうちのナンバー3だから」

「えっ!? 嘘!」

「嘘じゃありませーん。でも諫早すっげぇビビりでいつもこんな感じなんだって〜。俺イジメとかやんないよ。ほら、羽生と違って優しい男だからさぁ」

「おい喧嘩売ってんのかてめぇ、ぶっ殺すぞ」

「ひぃっ」

いま悲鳴をあげたのは戸上先輩ではなくビビりと紹介された諫早瑞季だ。戸上先輩の方は羽生に眼光で殺されそうになってもまったく動じていない。

「羽生が駄目なら、俺の弟子になりなよ。あっきーなら大歓迎。俺、ここのナンバー2で羽生の次に強いよ?」

「えっ、そうなんですか」

失礼な話、オーラのある羽生誠と違って戸上先輩はあんまり強そうに見えない。というか不良にすら見えない。ただのチャラ男、って感じだ。それを言うなら諫早さんの方が不良には見えないのだが。

「すみません、俺、やっぱり羽生さんがいいです。せっかく気遣ってくれたのにごめんなさい」

「えー!」

戸上さんはよほどショックを受けたようで情けない表情で叫んでいる。それを見た羽生誠は馬鹿にしたように鼻で笑った。

「残念だったな、戸上。お前じゃご不満だとよ」

「いや、そういうわけでは…」

「ちぇ、なんだよなんだよ、羽生なんか背がちょっと高いだけじゃん。俺のが頭いいし行動力あるし気が利くイケメンなんだからな!」

「アホかてめぇは」

「うわぁん、慰めてよ諫早ぁ」

戸上さんは未だに目尻に涙がたまったままの諫早さんに抱きつく。彼はひッと小さく悲鳴をあげてさらに縮こまってしまった。

「つか、うぜぇこと言ってねぇで誰かさっさとこいつをつまみ出せ。まだこのクソ野郎との話が終わってねぇんだよ」

羽生の指示に俺はひっと肩を震わせたが、不良達が動き出す前に誰かの胸に抱きとめられる。そっと頭上を窺うと戸上さんが俺の頭に顎を乗せ抱き込んでいた。

「なぁ羽生ー、あっきー俺達のグループに入れてもいいだろー? 俺がちゃんと世話するからさぁ」

「はぁ? てめえはまた面倒なことを…」

「だって俺、こいつ気に入ったんだもん」

「こんなひ弱そうな奴の何がいいんだよ」

「顔!」

「は…?」

俺と羽生はそろって脱力。顔ってなんじゃそりゃ。嘘でも不良の素質を感じたとか言ってくれ。

「なんだよ、そんなしけたツラしなくてもさぁ。だって、俺達も周りがひれ伏すぐらいのカッコいい集団になりたいんだもん。羽生も諫早も顔は悪くないんだし、イケメンでモテモテの俺とこの立川君の4人でいれば、遠藤ハーレムなんか目じゃないぐらいの美形グループになるぜ!」

「……馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、お前やっぱり真正の馬鹿だな」

羽生が呆れて言葉もない程に項垂れている。俺はといえば戸上さんにまったく違う期待をされてちょっとかなりへこんでいた。そんな俺に気づいた戸上さんは慌てて駆け寄ってきた。

「もちろん、顔だけじゃないって! 羽生と真っ向から対峙する男気を買ったんだ」

「…ほんとですか?」

「うんうん。いや、あっきー不良に向いてるよ。だからさ、とりあえず俺の部屋行こ。手取り足取りおしえたげるから」

そう言いながらにこやかに俺の手をひこうとする戸上さん。その姿を見た諫早さんが顔をさらに青くさせて叫んだ。

「だ、駄目ですよぅ戸上さん。立川君に酷いことする気でしょう、この野蛮人」

「おい諫早いまなんつった」

慌てて視線をそらす諫早さんに戸上さんが気をとられている間に俺は再び羽生誠に近づいた。そして彼の目の前に膝をつき、精一杯頭を下げた。

「お願いします羽生先輩! 俺、どうしても先輩みたいな男になりたいんです! 強くてかっこよくて、姿を見ただけで皆が畏怖の念を抱くような、そんな男になりたいんです」

「……っ」

「あ、羽生照れてる」

「照れてねぇよボケ! ぶっ殺すぞ!」

ほんとに殺してしまうんじゃないかと思うくらいの勢いで戸上さんを蹴りあげる羽生。痛がる戸上さんを見て諫早さんがまた小さく悲鳴をあげていた。

「お願いします! 俺にはもう羽生さんしかいないんです! どうか俺を見捨てないでください!」

「だーっ、もう! お前しつこい! 駄目だったら駄目だ! 二度と俺に近づくな!」

「そんな!」

その後もごり押しし続けたが羽生の答えは変わらずノー。怪我こそしなかったものの結局俺はパシりになることもできず、羽生誠との初めての接触は失敗に終わってしまった。


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あきゅろす。
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