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しあわせの唄がきこえる
理想の男子




俺の目下の目的、それはこの学園最強と謳われる羽生誠に会うことだ。桃吾にも然り気無く彼のことを訊いてみたが、やはりかなりの危険人物のようだった。彼の取り巻きは喧嘩の強い奴らで固められているらしく、その頂点にいるのが羽生。この学校に羽生のグループに逆らえる生徒はいない。まさに最強の名に相応しい男だった。


気を付けたいからと桃吾に奴等が溜まり場としている場所を聞き出した俺は、休み時間にさっそくそこへ向かった。だだっ広い校舎にいくつかある渡り廊下のうちの一つ、そこは彼らの出没率が高いため人通りがいっさいない場所らしい。正直言って不良に会うのはかなり恐かったが、不良の弟とは普通に会話できているのだからと自分を奮い立たせた。弟と他のヤンキーを一緒にするなという話だが、今さら怖いだなんて甘いことを言えるわけもなく。
恐怖を押し殺しながら物陰に隠れつつ渡り廊下の様子を窺うと、そこには案の定柄の悪そうな連中が集まっていた。


「な……」

そこで見た光景は、この17年間まともに生きてきた俺には過激すぎるものだった。とてつもなく背の高い赤い髪の男が、土下座している男の頭を踏みつけていたのだ。

「ああ? 反省だぁ? 頭下げて靴なめたらそれで納得するとでも思ってんのか。んなわけねーだろこのカス。ぶっ殺すぞ」

「すんません羽生さん! すんません!」

「……」

こ、これがあの羽生誠なのか。怖い、予想以上に怖い。土下座している男の頭を足で地面に押し付けるなんて、そんなドン引きの光景をためらいもなくやってのける高校生がいたなんて。だいたい高校生の体格じゃないし、何で髪が赤いんだ。もう色々と凄すぎて言葉もない。

「も、もうやめてください羽生さん。これ以上やったら死んじゃいますよ。お願いします、お願いします…っ」

すぐ横にいた小柄で気弱そうな少年が、土下座している男を涙ながらに庇っている。男の友達なのだろうか。人の心があれば誰でも罪悪感にかられる姿だが、もちろん羽生はそういうタイプではなかった。

「うっせぇ諫早(イサハヤ)! てめぇはすっこんでろ!」

「ひいぃっ!」

三下チンピラ並みにキレていた羽生は、その華奢な男子生徒を容赦なく蹴り飛ばす。蹴られた少年は情けない声をあげながら体を丸めて震えていた。

「諫早、てめぇほんとにうぜぇ! 反抗だけ一人前にしやがって。自分の立場わかってんのかよ。いつも言ってんだろーが! 黙って見とけって!」

諫早というらしい少年は、羽生の怒鳴り声にぶるぶると身体を震わせながら謝罪の言葉を繰り返していた。顔も声も威圧感がありすぎる羽生誠は、少年を再び蹴り飛ばそうとしていて、あまりにもなその光景に俺は気がつくと何も考えずに飛び出していた。

「も、もうやめてください! 泣いてるじゃないですか!」

「……あ?」

突然飛び出してきた俺を見て、その場にいた全員が「誰?」という顔をしていた。そして俺はといえば羽生誠をさらに間近で見て、その迫力にすっかり縮み上がってしまっていた。

「……誰だてめぇ。邪魔すんならぶっ殺すぞ」

怖っ。どうしよう真面目に怖い。何か言わなければと思うのだが、俺はしょぼしょぼと怖じ気づきながら顔をひきつらせることしか出来ない。

「あれ、その子転入生の立川暁君じゃん!」

「えっ」

不良集団の中の1人が、楽しそうに俺の名を口にした。声のした方を見ると、八重歯が特徴的な不良には見えない爽やかな青年がこちらに向かってきていた。

「ね、君2年の立川君っしょ?」

「どうして、俺の名前知ってるんですか……」

「え、だって噂になってんもん! 2年にすげー生きのいいのが入ってきたって」

俺は卸された魚か。褒められているのか標的にされているのかいまいちわからない。

「で、その転入生が何でここにいんだよ」

「さぁ?」

「さぁじゃねぇだろ戸上(トガミ)。なめてんのかぶっ殺すぞ」

もしかして、羽生誠の口癖は「ぶっ殺すぞ」なのだろうか。とりあえずあまり深く考えて口にしていないことを祈ろう。

「あ、もしかして迷子になっちゃった? いいよいいよ、俺が案内してあげる」

「いや、あの、迷子ではなく……」

「へ? じゃあ何?」

このフレンドリーな先輩のおかげでいくぶんと雰囲気が軽くなったが、羽生はまだ俺を親の敵みたいに睨んでいるし、隣の男はまだ土下座したままだ。何人もの不良の視線がこちらに向けられ、もう恐怖と緊張で失神しそうだった。

「も、もしかして羽生さんに会いに来たんですか……?」

泣きながら身体を丸めていた諫早という名の少年が、涙目のまま俺に問いかけてきた。否定も肯定もできず、でももう逃げ場はないと覚悟を決めた俺は意を決して羽生に向き直った。

「羽生先輩、俺、あなたに頼みがあってきました。俺を先輩の弟子にしてください! お願いします!」


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