しあわせの唄がきこえる
002
「……で、これはいったいどういう状況?」
桃吾がうちに来る当日、俺は自分の部屋で藤貴とベッドの上で向かい合っていた。俺はボタン全開、藤貴は上半身裸という妙な出で立ちで。
「恐らく桃吾くんは俺の顔を知らない。俺は見たことあるけど、あの時桃吾くんの眼中に俺はなかっただろ。ってことで俺は忍のセフレに成り済ます」
「はい?」
「桃吾くんに男と付き合うのがどういうことなのか、見せつけてやるんだよ。俺とお前の演技力でな!」
「はあ??」
藤貴の作戦…もとい悪巧みがどういうものなのかなんとなくわかってきた。色々言いたいことはあるがセフレは成り済ますものじゃない。
「俺とお前が裸で抱き合ってるとこをノーマルな桃吾くんが見たら軽くトラウマだろ。お前が男に押し倒されてて、しかもノリノリだったらさらにドン引きだ」
「桃吾にドン引きされんのは嫌なんだけど。あとお前みたいなのが好みだと思われんのもちょっと…」
「贅沢言ってる場合か」
嫌な計画だが、確かに桃吾に嫌われずに関係を絶つのは難しい。それにこれなら俺の方から奴に醜態を見られたことを理由に距離をおける。
「じゃーそれでいいけど藤貴演技とかできんの? 棒じゃすぐバレるぞ」
「余裕!なんなら練習しとくか」
言うなり俺の身体をベッドに押し倒す藤貴。俺はよくわからない笑いが込み上げてきそうになり必死に真顔を作っていた。
「おい、キモいからやめろ」
「忍が笑いそうになってどーすんだ」
「だ、…だって予想以上におかしくて。あとこの姿勢だとテメーのブツが足にあたってキモい。しかも何だコレふにゃふにゃじゃねーか」
「勃ってる方がキモいだろ」
「俺とベッドインして勃たない男なんかいねぇんだよ! 撤回しろ!」
ぎゃーぎゃーと意味不明な喧嘩を続けていると部屋のインターホンが鳴り、俺達は喧嘩をやめて固まった。
「早くね? まだ約束の時間まで30分以上あるだろ?」
「桃吾くんじゃないのかも。…扉開けっぱなしはまずかったか」
うちの連中ならよっぽどのことがない限り連絡なしには来ない。この家は相馬宮路にもバレている。いつ誰がやって来てもおかしくはない……が敵が律儀にインターホンを押すだろうか。
「おーい忍ーー! いないのかーー」
「あ、桃吾だ」
警戒する間もなく外から能天気な奴の声が聞こえて脱力する。バカでかい声で俺を呼びやがって、昼間とはいえ近所の事も考えろ。
「忍? 入るぞー…」
遠慮がちに声をかけながら少し開けておいた扉から部屋に入ってくる。その瞬間藤貴がわざとすぐ横に置いてあったペットボトルを落とした。
「忍? いるのか??」
藤貴が口パクでうまくやれよ、と俺に言う。とはいっても何の打ち合わせもしてないので俺はただ押し倒されるままベッドに仰向けになっているしかない。
「……って何やってんだお前っ」
またしてもこれ見よがしに半分ほど開けていた扉から俺たちの姿が見えた桃吾は焦った様子で部屋に入ってくる。演技とはいえこんなところを桃吾に見られるなんて今すぐ逃げ出してしまいたいが、顔を背けることでなんとか乗りきった。
「ああ? てめぇこそ何だよ。忍の男か?」
先程までとは別人みたいな声で凄む藤貴の演技力に密かに感心した。さすがうちのナンバー2。伊達に俺の右腕やってない。
「俺はこいつの…友達だよ」
「俺もこいつの友達だぜ。ただし身体限定のな」
さすがの桃吾にも意味は通じたらしい。眉間に深い皺が刻まれる。
「今日は俺がこいつとヤりに来たんだ。悪いけどお前はまた別の日に出直して来い」
「なっ」
そういって俺の服をかなり乱暴に脱がしにかかる藤貴に少しビビる。それを見た桃吾がすかさず藤貴の手をとった。
「やめろ! そんな無理矢理…」
「無理矢理なわけあるか。こいつは好きでやってんだよ。お互い納得の上でやってんだ。ただのストレス発散なんだから」
「まさか、勝手なこと言うな! …嘘だよな、忍」
「…」
俺がこいつと寝てると言うことを信じようとしない桃吾。確かに藤貴はただの友達だがセフレなら過去にたくさんいたのは事実だ。俺をまるでわかっていない桃吾に渇いた笑みが漏れた。
「嘘なんかじゃねぇよ。好きでもない男と寝るなんてよくあることだ。お前にはわからねぇだろうけど」
「忍…」
「別にいいだろ。本命には拒絶されてんだから俺が誰と寝たって。それともお前がこいつの代わりに俺を満足させてくれんの? 同情で男とヤれんのかよ」
「……」
「できねーだろ。こんなとこ見せちまって悪いけど、早く帰ってくれ」
自分でも怖いくらい言葉がペラペラと出てくる。多分これが演技ではなく俺の本心だからだ。
藤貴が唖然としたままピクリとも動かない身体を引っ張って部屋から追い出そうとした。だが桃吾はその腕を振り払い反対側の手で胸ぐらを掴み上げた。
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