しあわせの唄がきこえる
004※
抵抗したいのにその力がなく、諦めるしかないのかと覚悟を決めたとき玄関の方から音が聞こえた。誰かが外から開けようとしている音だ。けれど扉には鍵がかかっていて、ガチャガチャという音だけが続く。
「忍〜! いないのかー??」
藤貴の声だ。助かった、と思ったのもつかの間、不敵に笑う宮路を見て奴がまったくやめるつもりがないことに気づいた。かけた覚えのない鍵をかけたのはこいつか。
「あいつが諦めて帰るまで、大人しくしてて。叫んだりしたら握り潰すから」
「ッ……」
そう言って俺のモノを強く握る奴に声にならない悲鳴をあげる。今のこいつならマジでやりかねない。
「そーそー、そうやっていい子にしてれば、何も痛いことなんて……」
「おい、忍! 鍵閉めんなって言ってんだろ!」
「みっ、峰!?」
普通に部屋に入ってきた藤貴を見てさすがの宮路も驚いて声をあげた。その瞬間拘束の手が少しゆるんだが、振り払う力が今の俺にはなかった。
「こんにちは宮路さん。いつものちゃん付けは?」
「どうやって入ったんだよお前!」
「そりゃあもちろん合鍵使って。なに? 俺が来たらまずかった?」
「合鍵だぁ?」
あまりに俺の家に入り浸る藤貴にいつでも家にいろと言われるのが嫌で、かなり前に合鍵をわたしていた。完全にうちの家の一員になってしまっている。
「てかお前ら床でやったら痛くね? 別にいいけどさ。俺シャワー借りるから」
親友が今まさに宮路のモノを無理矢理突っ込まれようとしているにも関わらず、気にもとめないで人の家の冷蔵庫を開けてお茶を飲む男。まったく役に立たない奴だが、俺の普段の行いを考えれば仕方ない。それに俺が助けを求めたとしても、藤貴はこいつに勝てないだろう。俺がまともに動ければ別だが、この状況では二人とも負けるのがオチだ。
「俺らが片付けるからいいだろ。何なら峰ちゃんも混ざる?」
「冗談だろ」
何も言わない俺を見てこちらの考えを察したのか、藤貴を無理に追い払おうとはしてこない。こちらにまったく興味のない藤貴は水分補給しながらタオルを探している。
「でも峰ちゃんに見られながらの方がいいよな? 尾藤ちゃん」
「っ……」
そう言いながらご丁寧に指を突っ込んでいた俺の穴に固いものを押し付ける宮路。脳裏に焼き付いて離れない桃吾の顔がよぎって泣きそうになったその時、背後の宮路が派手な音をたてて吹っ飛んだ。
「ぐはっ…!!」
「宮路さん、スキありすぎ。サッカーボール並みに蹴りやすいわ」
藤貴はそのまま倒れ込む宮路の左腕を素早い動きで捻りあげる。唖然とする俺の耳に鈍い音と宮路の悲鳴が聞こえた。
「ぐあああ!」
「あ、悪い。折れちまった」
「てめぇ……! 何やってるかわかって……うああっ」
「次は右手だ。利き腕折られたくなかったらさっさと出ていけよ。そんで二度とここに来るな」
「くそっ…、許さねぇぞ峰…!」
宮路は苦痛に顔を歪めながら、右腕を掴もうとした藤貴の腕を振り払う。そして悪態をつきながら一目散に出口へと逃げていった。一瞬の出来事に俺は助かったことを喜ぶ間もなかった。
「あーあーあんなに走ったらこけるぞー。……大丈夫か? 忍」
「……なんとか。動けねぇけど」
床に突っ伏したままの俺を仰向けにさせて、顔や首筋に触れる藤貴。安心したら今度はまったく身体が動かせなくなった。
「やっぱ宮路に何かされてたんだな…。無抵抗だからどうしたのかと思った。救急車呼ぶか?」
「…いや、親にバレたくねぇ。これくらい大丈夫だ」
親父だけならまだしもあの母親と暁に騒がれたら大変なことになる。藤貴は脱がされかけていた服を着せ、水を飲ませてくれた。
「にしてもよくわかったな。このまま見捨てられると思ったのに」
「何年お前と一緒にいると思ってんだ。無理矢理かそうでないかくらいわかる」
「不意打ちねらったとはいえ、奴の腕折るなんてすげぇよ。でも、これからお前が宮路に追い回される羽目になるかもしれない。ごめんな、俺のせいで」
「忍が謝った……?」
「俺だって普通に謝るっつーの。まあ、奴もしばらくは大人しくしてるだろうけどな、あの様子じゃ」
俺をベッドの上まで運んでくれた藤貴は、その後まともに動けるようになるまで、付きっきりで面倒みてくれた。こいつには過去何度も助けられたが、今日ほどいてくれて良かったと思ったことはなかった。
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