しあわせの唄がきこえる
003※
「あ、起きた」
目覚めた俺の視界に飛び込んできたのは天井と宮路の顔だった。一瞬何事かと混乱したが、すぐに奴と自分の家で飲んでいたことを思い出した。
「なに、なに?」
「尾藤ちゃん寝ちゃったから、ソファーに寝かせた。運ぶの超大変だったんだけど」
「寝た? マジかよ……」
こいつと話していたのは覚えているが、そこからいつ自分が気を失ったのかまったく覚えていない。経験したことのない量を飲んだとはいえ酒とはなんと恐ろしいものか。
「悪ぃ、全然記憶なくて──」
はずみをつけて起き上がろうとしたが、力がまったく出ない。辛うじて腕は動かせるが鉛みたいに重かった。
「う、動けねぇ」
「酒がまわってんでしょ。もう寝たら? 明日二日酔いは確実だけどさ」
なんだか頭も痛くなってきた気がする。これが二日酔いというやつなのか。首だけ動かして時計を見たが、それ程長い時間眠っていたわけではないらしい。どんだけ酒に弱いんだよ、俺。
「……何してんの、お前」
寝ろといったはずの宮路が俺に馬乗りになってシャツをめくりあげている。訳がわからず顔をしかめる俺に奴は愛想の良い笑顔を見せた。
「男を家に入れといて、そんなこと訊くわけ?やることなんか決まってんじゃん」
「いやいや…もうお前らと寝る気はないって。さっき話したとこじゃんか。めんどくせー冗談はいいから、お前もう帰れ……っておい」
こいつも面倒なボケをかます奴だなどと思っていたが、俺の言葉など無視してそのまま服を上も下も脱がし始める。抵抗したいが奴の腕を力なく掴むだけで精一杯だった。
「何のつもりだよ、宮路」
「酒飲めないってマジだったんだね。あんな不味い混ぜ物されて気づかないなんて。普通すぐにわかるでしょ」
「はあ? まさかお前、これ」
俺がこんなことになってるのは酔ってるからじゃないのか。ヤバい薬だったらどうすればいいんだ。
「大丈ー夫。そんなヤバいものじゃないから。後にも残らないし」
何の躊躇いもなく平然と俺を襲おうとしてる目の前の男に唖然とする。相馬ならまだしも、宮路がそんなことをするとは思わなかった。
「そんなノーマルな男に叶わない片想いしてるからって、やめることないでしょ。相馬を切るのは別にいいけど」
「なんでお前そんなことまで知ってんだ」
「自分からペラペラしゃべってたよ、尾藤ちゃん」
「マジで? 俺、他に何言ってた?」
「好きでいるのをやめたい、つらいってことくらい。興味ないからあんまり聞いてなかったけど」
良かった、桃吾の名前までは出してないようだ。理性がとんでも、こいつに話してはいけない事くらいの区別はついてたらしい。
「お前も相馬と同じこと言うつもりか。遊びって割り切ってたんじゃねえのかよ」
「もちろん遊びだよ。尾藤ちゃんはその本命と付き合うなりフラれるなりすればいい。それをとやかく言うつもりないし。でも俺は尾藤ちゃんに入れんの好きだから、やめるつもりないってだけ」
「それじゃ、ただの強姦だろ」
「そう? 前まで合意だったのに、そりゃないでしょ。1ヶ月前と何が違うわけ?」
「何がって……」
桃吾が好きだからやめたい、というのは違うはずだ。だって俺は桃吾と付き合う気はないのだから。叶わない片想いのためにそんな無意味なことしない。こいつの言う通りだ。取り引きのために寝ていたのだから、やめられないなら続けても問題はない。奴らが飽きるまで、すべて今まで通り。だが、
「俺の気分次第、テメーの言う通りだよ。でもそれがすべてだろ。何でやる気もでねーのにお前らのいいようにされなきゃいけねぇんだよ。俺が嫌だっつってんだから引けよボケ」
「……わかった。じゃあもう都合の良いセフレはやめだ」
頭は痛いが意識はハッキリしていて、物事の正しい判断はつく。ここまでしておいてやけに素直な宮路に嫌な予感がした。
「今度からは上下関係ハッキリさせようか。尾藤ちゃんが俺に突っ込まれてるとこ、写真に撮るから仲間にバラされたくなかったら言うこときいてね」
「はあ? おい宮路っ、どんだけクズなんだよお前」
こいつは前にも俺の写真を撮りたいと言ってきたことがある。もちろん駄目だとキツく言っておいたが、それからはカメラ、携帯に撮られないように気を付けていた。そんなことしようものなら携帯を潰してやろうと思っていたが、今のこの状況では何もできない。完全に油断してた俺の負けだ。
唇を無理矢理塞ぎ、舌を滑り込ませてくる。迷わずその舌に噛みつき、奴が怯んだ隙に逃げ出そうとした。が、俺の身体はソファーから転がり落ちただけで立ち上がる力はなかった。
「くそっ、んな簡単にヤられてたまるか」
そのまま這ってでも逃げようとしたが、奴がそんな俺を見逃してくれるわけがない。一メートルほど進んだところで上から乗り上げられた。
「おい、どけ! ……ああっ!!」
俺の中に無理矢理何かが捻り込まれる。それが奴の指だというのはすぐにわかった。
「こんなすぐに入れられて、締まりも良いのに使わないなんて勿体無い。尾藤ちゃんだって気持ちいいでしょ。ね?」
「よく、ねぇよ……んん、あ、やっ」
いつもの俺ならとっくに諦めて宮路に抱かれるのを楽しもうとしていたかもしれない。けれど今は奴に触れられるたび、なぜか桃吾の不安そうな顔がちらつくのだ。とてもじゃないが割り切って楽しむなんてできやしない。奴に笑いながら穴の中をまさぐられても、俺は必死に無意味な抵抗を続けるしかなかった。
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