しあわせの唄がきこえる
002
「だから言ったじゃん。あんま思わせぶりなことはするなって」
「……そんな直接的には言われてない」
次の日の夜、親友が頼りにならないと判断した俺は、宮路を呼び出していた。こいつと会うのももちろん1ヶ月ぶりだが、相馬同様好みではないので本当なら連絡するつもりはいっさいなかったのだが。
「で、俺にいったいどーしろって言うわけ? まさか相馬ちゃんを説得しろとか言わないよね」
「駄目か?」
「あのさぁ、俺は別にアイツと仲良くないから。何かひとくくりにされてるみたいだけど。自分で言えばいいだろ」
相馬と宮路が敵同士なのはわかっているが、ふたりは俺よりも前からの知り合いだった。それに宮路は見た目からして遊び人なのでうまい断り方を知ってそう、という単純な理由で呼んだのだ。
「はっきりもう会いたくないとか言ったら、俺どうなるんだよ。マジギレされそうなんだけど」
「あー……多分ね」
「やっぱり!」
相馬という男は、今でこそ大人しくしているが出会った当初は荒れていて、何をしでかすかわかったもんじゃなかった。いつか警察のご厄介になるだろうなんて思っていたが、まさかその被害者が俺だなんて。
「契約とはいえ交換条件なんだから、俺のやめたいときにやめれるのが普通じゃん」
「だから、アイツはそれで本気になっちゃったんでしょ。んで尾藤ちゃんも本気だと思ってる」
「お前と三人でヤっててそんなこと思うか普通?」
「俺に聞かないでよ」
ストレス発散もかねて軽い気持ちで寝てた俺が悪いのか。今思えば相馬はやたらキスと愛撫が多いし、終わった後もしばらく一緒にいたがった。だが俺に惚れ込む要素がないので、今までまったく気がつかなかった。惚れてるといっても、あくまでそれは身体だけのことで、言い方は悪いがセフレとして俺が気に入ってるのだろう。それを恋と履き違えているなら馬鹿な話だ。
「まーまー尾藤ちゃん落ち着いて。ビールでも飲もうぜ」
奴が手土産として持ってきたビールを開けながら俺にすすめてくる。酒が苦手な俺は思わず顔をしかめた
「あれ? もしかして酒飲めない?」
「の、飲めねぇわけないだろ」
酷く酔いやすいとかそういう事ではなく、単に味が不味いから嫌なのだ。成人したって飲む気にはなれない。
お酒が飲めないなんて尾藤忍一生の恥なので藤貴以外には隠している。宮路の手前余裕ぶって口をつけたが、不味すぎて死ぬかと思った。こんなものを金払ってまで飲む奴の神経がしれない。
「あんま無理しなくても…。今度からジュース買ってくるからさ」
「だから無理じゃねえ」
やけになってもう一口煽る。やっぱり死ぬほど不味い。苦い。吐き気がする。
「何か尾藤ちゃん色々やけになってない? どうせ今の取り決めがなくなったらまた喧嘩勃発するだろーし、奴に狙われる事に変わりないじゃん」
「ちょっと殴られるくらいならいいけど、今は母親と暁がいるし、今までみたいに派手に喧嘩できねーんだよなぁ……」
あいつと本気でやり合ったら多分入院レベルの怪我をする。そうなったら暁と母親がヒステリックに騒ぐのが目に見えている。
「なんかよくわかんねーけどさ、だったら今まで通りでいいんじゃないの? 何かやめたい理由でもあるわけ?」
「……」
俺がこいつらと寝ていたのは、俺がいない間こっちで大事件が起こらないようにするためだった。ここに戻ってきた今、奴らと寝る理由はない。セフレにするにしたってもっとリスクのない相手にお願いしたいものだ。
「尾藤ちゃん家がダメになるなら相馬ちゃんの家でもいいわけだし。あいつ確か一人暮らしだろ」
「……いや、もう相馬とは、お前らとは寝ない。俺には、本命ができたから」
これはあながち嘘ではない。本命がいるのは本当だ。といっても付き合う気はないので、こいつらを遠ざける理由にはならないが。
「マジで? それはまた意外な理由だけど、その本命大丈夫? 相馬ちゃんにボコられたりするんじゃ」
「えっ、マジでそこまでしてくる? いや、そんなことさせねーし」
本命がいるからやめたいという嘘は相馬には使わない方がいいかもしれない。そもそも部活が忙しいあいつと会う機会などほとんどないから、バレることも、狙われる心配もないと思うが。
「とにかく、俺は関係ないから。間違ってもあてにすんなよ」
「……はいはい」
やはりこいつも相馬の恨みは買いたくないらしい。誰も頼れないこの状況に俺は頭が痛くなってきた。
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