しあわせの唄がきこえる
エピローグ
それからすぐに、俺は暁と両親を説得して転校の手続きをさせた。いじめの件を話せば母親はすぐ了解してくれたが、暁の方がなかなか受け入れてくれなかった。お金がもったいないのと先輩と離れたくないのが一番の理由だ。だが何としてでも転校してもらう必要があったので、俺が一芝居うって兄と一緒に学校生活を送りたいと訴えると意外と簡単に折れてくれた。この時ばかりはあんなバレバレの棒演技で騙されてくれる単純な暁に感謝した。
その後はもう暁を学校には戻らせず、奴の携帯を事故を装って壊し、遠藤と接触できないようにした。何も知らない暁は嘆いていたが、崎谷の口から遠藤とは二度と会うなと俺が言わせていたので、渋々ながらも大人しく従ってくれていた。
その後しばらくして、俺の携帯に羽生から連絡がきた。戸上から事情を聞いたらしい奴は遠藤の事を訊ねてきたのだ。俺が頼めば代わりにボコボコにしてくれそうだったが、それは俺の望みではない。むしろ何もしないで欲しいと止めておいた。奴に大ケガなんかされでもしてもしそれが暁の耳に入れば、あいつのことだ。遠藤にこっそり会いに行きかねない。それだけは絶対に避けなければ。
わざわざ連絡してきたにも関わらず、羽生は暁とこれ以上関わる気はないらしかった。事情を話せば俺の頼みも聞いてくれて、奴がまともに話が通じる男で心底ほっとした。
色々と紆余曲折あったものの、何とか暁をうちの学校に転入させることができた。両親も無事に再婚したものの、実はまだ引っ越しがすんでいない。というのもどちらの家に住むのかで長い間もめているのだ。父親は自分の今のマンションで暮らせばいいというし、母親はもっと広い家に住みたいという。お互い一歩も譲らず、まだ半別居状態という謎の生活を続けている。俺としては四六時中暁と一緒にいなくてすむので今のまま思う存分、永遠に話し合って欲しいと思っていた。
「忍〜、帰ろーぜ」
放課後、暁が俺のクラスに来るたびにクラスの注目の的になる。転校してきてしばらくたったが、俺と瓜二つの暁にクラスメート達はまだ興味をそそられるらしい。
「ちょっと待て、こっち来い。ここで待ってろ」
「うん」
俺は顔が広い分無駄に敵も多いので、双子というだけでこいつがいつどこで絡まれるかと毎日ヒヤヒヤさせられている。当然ながらクラスは離されてしまったので、危なっかしい兄の事は同じクラスの友人達に見張ってもらっていた。
「相変わらず過保護だな。うちの学校内なら安全だろーに」
お菓子を食べながら近づいてきた藤貴が暁の横にぴったりくっつく。戻ってきて一番驚いたのは暁とこいつの仲の良さだ。あくまで純粋に友達としてなのだが、あまりベタベタされると俺としては複雑だ。
「兄としては、弟が危ないところに寄り道しないか見張る義務があるからな」
「暁に言ってんじゃないんだけど、まあいいか。ほら、あーん」
「あーん」
持っていたポッキーを口に入れる藤貴と何の抵抗もなく受け入れる暁。こいつの独占欲の強い彼氏にぜひ見せてやりたい。
「忍、今日も俺こっちに泊まる。一緒に遊びに行こうぜ」
「アホか。崎谷とでも行け」
「先輩は受験勉強で忙しくてさ。それに週末会えるし」
「ああ、そうかよ。でも駄目。今日は帰らないと母親がまた嘆くぞ。送ってやるから、大人しく帰れ」
「えー…わかった……」
渋々頷きながらも藤貴にぶつぶつと不満をもらす暁。藤貴に過保護だの何だのと言われても常に側においてきたが、ウザいのは相変わらずなのでなるべく離れていたかった。
「忍、携帯光ってる」
藤貴に指摘されて携帯をチェックすると、見慣れた名前が表示されて俺の顔が引きつった。
「桃吾から?」
「おい、勝手に見んな」
「仲直りしたんだろ。何でそんな嫌そうな顔してるんだよ」
「……ウザいから」
奴に比べると暁が可愛く見えるほど、桃吾は本当にしつこかった。メールを無視すればおびただしい数の着信がくるし、出たら出たでいつ会えるのかとうるさい。電話番号を変えようものなら暁を通して無理矢理押し掛けて来るのが目に見えている。
「あいつってあんなにしつこい奴だったか? 昔はまともだったろ?」
「いや今もまともだと思うけど……ってあれ? 羽生さん?」
「だから見んなって」
俺の携帯の着信履歴を見た暁は羽生の名前にすぐ気づいた。羽生とはあれからも何度か連絡を取りあっている。奴には遠藤を見張ってもらっているので、その報告がてら電話をくれるのだ。
「いつのまに羽生さんと……やっぱり不良同士気が合うとか?」
「ははは」
知らぬが仏とはこの事だ。俺は桃吾からの着信で埋まった携帯をさっさとしまい、それ以上突っ込ませないようにした。
「忍、やっぱり泊まっちゃ駄目?」
「駄目」
「何でだよ、藤貴は殆ど毎日泊まってんのに」
「こいつは家賃払ってるからいいんだよ」
「何それ、じゃあ俺も家賃払えばいいの? なぁ、忍。なぁってば」
すれ違う友人に手を振りながら3人で歩いて帰る。腕にまとわりついてくるうるさい虫……もとい双子の兄を振り払いながら、俺はポケットの中で再び振動する携帯を握りしめていた。
おしまい
2015/3/11
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