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しあわせの唄がきこえる
004


「え、まだ母親と話してねぇの!?」

「……」

現俺の家、つまり暁の家に帰る途中の電車の中で藤貴は母親の事を尋ねてきた。何の解決もしていない事を白状した俺を見て、藤貴の横にいた暁はいつも通りのイイ笑顔でこう言った。

「なら今晩にでも聞いてみようぜ!」

「……はあ?」

心の準備がどうのこうのとごねる俺を無視して、暁は母親と会う段取りをつけ始める。この期に及んで嫌だとも言えず、ただでさえ沈みがちだった俺の気は、さらに深くまで落ち込んでしまった。






その日の夜、俺と母親を話し合わせるために藤貴は暁をうちに残していった。余計なお世話にも程があるが、こうでもしないとどんどん先のばしにする俺の性格を、奴はよくわかっている。

「俺だって別に、母親が嫌いとか恨んでるとかそういうんじゃねーんだよ。ただ一度も会いに来ないっつーのはどうなのかって思っただけでさぁ……」

「だから、俺らが知らないだけで会いに行ってるって。忍の方こそこの年まで一度も会いに行かないってどうなのさ」

「今ちゃんと来てるだろ!」

ここに来る元々の名目だった母親との確執だか、それは桃吾に復讐するついでに解決しようとしていた。その桃吾の事ですら二の次になるほど数々の問題が起きたのだ。母親がいたって普通の親だったこともあり、俺の中での優先順位がどんどん低くなっていき、気がつけばこんな有り様になっていた。

「あ、きた」

暁がそう呟いて何秒とたたないうちに玄関の扉が開けられる。ただいまーとテンションの高い声が聞こえ母親が帰ってきたのがわかった。

「な、何でわかったんだよ」

「足音」

「マジか」

「暁ぁ? 誰か来てるのー?」

俺達の話し声に反応して母親が顔を出す。二人並んだ同じ顔に、鞄を持ったまま硬直していた。

「母さん、おかえり」

「何これ、どういう状況? お父さんも来てるの?」

「父さんいないよ。俺たちだけ。驚いた? どっちがどっちかわかる?」

「あんたが暁でしょ」

「正かーい。ほら忍、やっぱバレたじゃん」

そりゃそんなテンション高く普通に話しかけたらわかるだろ。逆に俺だったら怖いわ。
何故か得意気な暁から母親にゆっくりと視線を移す。気まずくて目をあわせられないかと思ったが、意外にもまっすぐこちらを見てきた。

「そりゃ今はわかるだろ。入れ代わってたのに気づかなかったんだから、見分けついてねぇのと同じだよ」

「ちょっと勝手なこと言わないでよ。気付いてたに決まってるじゃない」

「「えぇ!?」」

母親のまさかの言葉に驚く俺達。それはさすがに嘘だろうと思ったが、母親の目は本気だった。

「わからないわけないでしょ。忍がいきなり部屋にいるから、あの時はびっくりしたわよ。思わず叫びそうになったんだから」

「じゃあどうして、母さんは何も言わなかったの?」

「だって、忍が暁の服来て普通に家にいるんだもの。気づかないふりしてあげるべきでしょ」

「……」

すべて知られていたという事に衝撃を受け、何も言葉が出てこない。これまでのあれやこれやが全部俺自身としての事だったなんて、今すぐここから逃げ出したい。

「言っちゃってたらどーせすぐ帰ってたくせに。私に知られないように、何かやりたいことがあるんだと思ったの。私に対する不信感を消すチャンスだとも思ったし」

「ほらー、だから言ったじゃん。母さんが忍と会いたくないわけないって」

勝手なことを言う二人に俺はもう我慢の限界だった。そっちがその気ならこっちだって言いたいこと全部言ってやる。

「じゃあ何で離婚するとき、俺とはもう会わないなんて決まり作ったんだよ! しかもそれでほんとに会いにこねーし! 俺の事がどーでもいいならハッキリそう言ってくれた方がいい」

親父と会いたくないのはわかるが、それで子供にも二度と会わないなんておかしい。うちの親父はちゃらんぽらんだが、よく内緒で暁に会いに行っていたし俺達を会わせてくれたりもした。でも母親は違う。俺に何の興味もないから、ずっと放置してこれたのだ。

「ちょっと、誰がいつそんなこと言ったの!? そんな風に言われるのは心外なんだけど! そもそも忍が私を避けてたんじゃない」

「……は?」

「は? じゃないから! 私は二人も引き取るつもりだったのに、忍がお父さんと行くってきかなかったのよ。なのに何で母さんが捨てたみたいになってんの!」

「ええ…」

俺が母親を嫌っていたなんて、そんな覚えはまったくない。けれど確かに母親がとにかく怖かった記憶は朧気だがある。

「だいたいあの人はせこいのよ。休日にあんたらと遊んでくれるのはいいけど、しつけというものをまったくしないんだから。叱るのはいっつも母さんの役目で、そりゃ二人とも父親の方が好きになるっつーの! ……あ、なんか思い出したら腹立ってきた…」

「母さん、落ち着いて。今はそんなこといいじゃん」

だんだんと親父への愚痴にシフトしてきた母を止める暁。ここでまた二人の間に溝を作ってはならないと必死だ。

「私だって子供に会うななんて言いたくなかったけど、大っぴらに会うの許したら暁までとられるじゃない。暁も父さんと忍が好きだったから、そっちに入り浸るのは予想つくし」

拳を作り、顔をしかめながら不満げに話す母親を見て、暁は暁でそうだったっけ? と呑気に首を傾けている。俺も奴同様、まったく覚えてない。

「それに私だって忍に会いに行ってたんだからね。運動会とか音楽会はもちろん、何かあるたびに有給とって欠かさず見に行ったし、被ったら暁より優先してたくらいなんだから」

「あー、そういやたまに母さん来てくれてなかったよな。仕事とか言って。でも何で俺にまで黙ってたわけ」

「あんたに言ったら忍と父さんにまで話が通っちゃうでしょ、バカ。さすがにこのままじゃダメだっていうんでお父さんと話し合ってたら、元サヤに戻っちゃったわけだけど」

「じゃあ結果オーライじゃん」

あははと笑う暁と母親に一気に脱力する。何で俺はこんなことで今まで悩んでいたんだ。自分で自分がバカに思えてくる。

「でも忍もとっくにバレてるのわかってるかと。だって母さん、暁への態度と全然違ってたし」

「そーなの?」

「そーよぉ。だって忍には毎日お弁当用意してあげてたし、毎日ハグもしてたもんね」

「お弁当!? 嘘だろ!?」

ほんとか忍!? と激しく問い詰められたが、弁当なんかよりも俺はハグの方が気になる。

「俺なんか二日に一回はパンなのに。母さん、できるんだったら毎日作ってよ」

「あんたパン好きだからいいでしょ。毎日とかしんどすぎて無理」

「いやいやそんなことはどーでもいいだろ! 暁、一日一回母親とハグするってのは嘘なのか!?」

「ええ……外国人じゃあるまいし、何で高校生にもなって母親と毎日ハグするんだよ…」

「なんだって!?」

まんまと俺を騙してくれた母親を睨み付けるも、反省する様子もなくにこにこ笑っている。不良丸出しの俺の凄みにもまったく怯んでくれない。

「毎日忍が抱き締めてくれて、母さん嬉しかった〜」

「いーなー、母さんずるい。俺とも毎日やろうぜ! いいだろ忍」

「……」

和気藹々と話す二人に何も言い返すことができない。すべてがアホらしくなった俺は、自分の馬鹿さ加減に呆れながらも、もう暁達と一緒に笑うしかなかった。


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