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しあわせの唄がきこえる
003



「……忍」

名前を呼ばれて、その懐かしい響きにはっとする。こいつにそう呼ばれるのは何年ぶりか。今にも嫌な記憶が蘇ってきそうで、自分を保つのに精一杯だった。

「忍、なんだよな? すげーびっくりした。何でここにいるんだ?」

問いかけには答えず無言を貫き通す。こいつは俺がずっと入れ替わっていたことには気づいていないらしい。

「ずっと話したかった」

「俺は話したくなかったよ。お前には二度と会わないつもりだった」

全部嘘ばっかりだ。本当はこいつをずっと許せなかったし、それと同時に会いたくもあった。話せば話すほどまだ桃吾が好きなのだと思い知って、今もまともに顔を見られない。

「本当にごめん! 許してくれとはいわないけど、頼むから謝らせて欲しい!」

「と、桃吾??」

突然膝をついて、土下座し始める幼馴染みにどうすればいいかわからなくなる。こんなことをしてほしかったわけじゃない。誰かに見られやしないかと周囲を見回しながら俺は桃吾に駆け寄った。

「馬鹿っ、頭あげろよ! そんな昔のこともう怒ってねえから」

「でも、俺に会いたくないって」

「それは……フラれた相手に、会いたくないのは当然だろ」

「……」

顔をあげた桃吾は無言のまま俺の腕を掴む。振り払えない程強いその力に思わず後ずさった。

「お前の事は許すから、だから俺の事は気にしないでくれ」

「それは、やっぱり俺とは会いたくないって意味?」

「そうじゃねぇけど……普通の友達には戻れないし」

「まだ、俺が好きなのか?」

「はあ? 何言って……」

こいつ、俺の傷口をさらに広げる気か。謝りたいのか怒らせたいのかまるでわからない。

「自惚れんなよ。馬鹿じゃねえの」

「じゃあ付き合ってる奴いんの?」

「そんなの、お前には関係ない。もういいだろ、離してくれ」

だんだんとイラついてきた。そんなこと、どうして今こいつに話さなきゃならないんだ。さっさと逃げ出したいのに桃吾は離してくれない。

「嫌だ。だって忍はもう俺と会う気はないんだろ」

「ああ、ないね。お前もちょっとは気を使えよ」

「俺だって、忍が望むようにしてやりたい。少なくとも、こうやって会うまでは許してさえくれたらいいって思ってた。でも話したら、離したくなくなったんだから仕方ないだろ」

「はあ!? なんだよそれ、何でそんな自分勝手なんだよ。暁にはあんなに優しかったくせに…」

ここしばらく桃吾の側にいて、こいつが他人に気を配れる人間だと言うことはわかっている。ついその事を指摘してしまいそうになって慌てて口をつぐんだ。けれどこういう時だけ無駄に察しの良い桃吾は恐ろしいことに今の一言だけで感づいてしまった。

「忍、まさかとは思うけど、暁に成り済ましてた、なんてことないよな?」

「……!」

俺の反応に桃吾が目をまん丸くして驚く。図星だと顔に出てしまっていたらしい。

「一体いつからだよ。そういや最近様子がおかしかったけど……嘘だろそんな前から!?」

「……うるせぇ、どうでもいいだろそんなこと。暁達が待ってるから、もう行く」

行くと言ってるのに桃吾の腕はビクとも動かない。力には結構自信があったがバスケ部の握力の前には無力だった。

「嫌だ、っつっただろ。お前が俺を避けるのが自由なら、俺が忍にまとわりつくのも自由だ。俺は忍と離れる気はない。それに本気で嫌なんだったら、暁に成り済まして俺に会ったりしないはずだ」

「俺が言いたいのはそういう事じゃない! 俺の気持ちに応える気がないなら、お前なんかいらないんだよ。半端に気を持たせんのがどんだけ残酷か、お前にだってわかんだろ…!」

頭に血がのぼった俺は聞き分けのない桃吾に、つい感情的に怒鳴ってしまう。だがここまではっきり言えば、いくらこいつでも少しは遠慮するだろう。

「………じゃあ俺にその気があるなら、いいのか?」

「……!?」

ありえるはずのないその言葉に、俺の理解がまったく追い付かない。桃吾は一丁前に覚悟を決めた顔をして、力強く言葉を続けた。

「お前と一緒にいられるなら、俺はお前と付き合って……」

「やめろ!!」

叩くと言ってもいいくらいの力で奴の口をふさぎ、これ以上馬鹿なことを言えないようにさせる。怒っているのか悲しんでるのか、自分でもわからなかった。

「その時限りのの感情でテキトーな事言うな! 何にもわかってないくせに!」

「いや、俺だっていい加減な気持ちじゃ…」

「お前は男と付き合うってどういうことかわかってない! ただ普通の友達みたいに一緒にいるだけじゃねーんだぞ! 結婚もできねーし、子供だって持てない。どうせ別れなきゃなんねーのに、付き合う意味なんかないだろーが!」

例え今は本気でも、遅くても数年後、早くて数日後には事の重大さに気づく。桃吾がまるでわかってないのに気づいていながら受け入れる程俺は馬鹿じゃない。桃吾だって俺の事が友達として好きで、また仲良くできたらいいってその程度にしか考えてないのだ。

「……いま何を言っても忍は本気にしないってわかってるから、これ以上はやめとく。でも俺はこれからもしつこくし続けるからな、お前が信じてくれるまで」

桃吾の決心は固いらしく、俺がどう説得しても無駄らしかった。このまま言い合っても仕方ない。お互い、相手が自分を見くびっていると思っているのだ。いずれ時間が奴の目を覚まさせてくれるだろうが、それまでかわし続けるのはつらい。

「…わかった。桃吾のいうことは信じる。でももう付き合うだとかは二度と言うな。その代わり俺達は友達に戻る。それならいいだろ?」

「……」

桃吾とこれ以上関わるのは嫌だが、付きまとわれて口説かれるよりは何倍もマシだ。暁がいる以上どうやったってこいつと縁を切れないのだから。

「……本当に、それで俺から逃げたりしない?」

「ああ」

「わかった」

ようやく桃吾の手が離れ、平常心が戻ってきた。今の俺の言葉で一応は納得してくれたらしい。俺が好きというより、やっぱりただ昔の様な関係に戻りたいだけなのだろう。その事にガッカリしている自分が、たまらなく嫌だった。


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