しあわせの唄がきこえる
002
『話は以上です。ありがとうございました』
震える声で言い切った崎谷がゆっくり壇上を下りてこちらへ戻ってくる。周りからの好意的とはいえない視線も気にせず堂々と歩く姿に惚れ惚れしていた俺は、激励の意味を込めて手を叩いていた。
体育館に響き渡るそのパチパチという音に、すべての視線が今度は俺の方へ向けられる。それは崎谷も同じで拍手する俺を目を丸くしながら見ていた。
「よく言った、崎谷先輩。俺は今柄にもなく感動してる」
「……?」
「特別サービスだからな、ありがたく受けとれよ」
体育館の一番後ろの扉がゆっくりと開いていくのを確認して、俺は扉の方を見る。そこから顔を出した体操服姿の男は、後ろから誰かに引っ張られながらも体育館に入ろうとしている。立川暁、俺の鬱陶しい愛すべき双子の兄だ。
「おいっ、今はやめとけって!」
「うるさい! 今行かなきゃ駄目なんだよ!」
まるで長年の幼馴染みかのように口喧嘩する二人を見て、いつの間にそんなに仲良くなったのか心の中で突っ込む。そんな俺の横では涙目になりながらこちらへ歩いてくる暁を見て、崎谷が酷く動揺していた。奴は俺が暁だと思っているのだから当然だ。
「な、何だよこれ、何で暁が二人?」
「俺は忍だってちゃんと名乗ったろ。あっちが暁。俺達双子なんだよ」
「はあ!?」
本気で俺が暁の別人格だと思っていたらしい崎谷は半分キレたような口調で俺を睨み付ける。こいつが怒るのも無理はないが、本当なら奴にだって暁を会わせる気はなかった。けれど崎谷から話があると言われた時、俺は最後のチャンスを与えることにしたのだ。
藤貴に頼んで暁をつれてきてもらい、そして最後まで逃げないように捕まえさせた。そのために藤貴には夏用の制服を、暁には体操服を着せて体育館の入り口の側で隠れて待っていてもらったのだ。
「暁が二重人格なわけないだろ。俺がずっと入れ替わってたんだよ。だから他に何か話があるならこいつに直接言え。暁、お前もだぞ」
「ほ、ほんとに暁なのか…?」
顔を真っ赤にしてこっちに来る暁をまるで幻でも見るかのようにまじまじと凝視する崎谷。先輩に名前を呼ばれて暁の平常心は簡単に壊れた。
「先輩ずるい。俺のいないところで何バカなことやってんだよ!」
「いや、…お前がいないの知らなかったから……」
「何で忍と間違えるんだよ! 全然違うだろ!」
「ご、ごめん」
嬉しくて泣いているのを誤魔化すため怒る暁におろおろする崎谷。こんな状況で何喧嘩してんだと止めようかと思ったが、冷静になってきた暁が段々としおらしくなってきた。
「……俺だけ逃げて、先輩を傷つけて一方的に別れるなんて言って、ごめんなさい」
「ああ、それは……俺も悪かったんだし」
「俺も、先輩が好きです」
突然の告白に、暁に負けないくらい真っ赤になる崎谷。その上奴もボロボロ泣き出してこっちが慌てた。
「暁にもう二度と会えないって言われて、ショックで死にそうだった。お前にしてきたことずっと後悔してた。……だからまた会えて、死ぬほど嬉しい」
バカップルの恥ずかしい応酬にこっちが照れ臭くなってきた。完全に二人の世界を作ってしまっている。何にせよ無事に丸くおさまってくれそうで安心した。この二人に関してはもう何も心配はいらないが、問題はここからどうやって逃げ出すかだ。
「忍もありがとう。俺のために色々してくれて」
「別にお前のためじゃ……っておい! 離れろ!」
唐突に抱きついてきた兄弟から離れようと必死でもがく。やっぱりこいつが鬱陶しいのは変わらないし、これ以上ベタベタされるのは我慢ならない。
「いいからとにかくいったん戻るぞ! 捕まる前に走れ!」
「え、何で?」
「俺と藤貴の不法侵入がバレたらマズいからだよ!」
「わっ」
小声で怒りながら無理矢理暁を引っ張っていく。俺達が入れ替わっているのがバレたら絶対に親に連絡されて面倒なことになるだろう。状況を把握される前に逃げてしまうのが一番良い。
「暁!」
「先輩、また後で……っ」
「いいから行くぞ!」
いつまでも引っ付いてるバカップルを引き離し、俺はさっさと体育館から出ていく。俺達を引き止めるような声が聞こえた気がしたが全部無視して走った。外で様子を窺っていた藤貴も一緒に校門へとダッシュしていると、背後から聞き慣れた声が聞こえて思わず足を止めてしまった。
「あ、桃吾!」
声の主に気づいた暁がバツが悪そうな顔で近づいていく。だが桃吾は硬直する俺から視線をそらさなかった。
「悪い桃吾、事情は後でちゃんと……」
「暁、行くぞ」
「え?」
「忍、先行ってるから」
「え? …え?」
何もわかってない暁の手をとって、とっとと走っていく藤貴。桃吾と二人きりになって何か言わなくてはならないのに、言葉が出てこなかった。
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