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しあわせの唄がきこえる
決着


あいつを追い詰めた後も、俺の心は思うようには晴れなかった。戸上以上に奴をボコボコにしてやりたくとも、そんなことをすればそのことが暁の耳に入ってしまう。奴にはああ言ったが、俺にはすべてを暁に話す気はまったくなかった。信頼してる遠藤が犯人だなんて知れば暁が傷つくのは目に見えていた。
黙っていることが最善だとは思わない。けれど、これ以上暁の傷をえぐるような真似はどうしてもできなかったのだ。

問題は暁を遠藤から自然に引き離す口実をどうやって作るかだが、それを考える前に俺は崎谷が言っていた集会に出向くつもりだった。全校集会は二日後。それまで藤貴に暁の携帯を回収させることさえできれば、崎谷の出方次第ではすべて奴に任せようと思っていた。




全校集会というものに、俺はほとんど参加したことがない。何を好き好んでたいして意味のない話をだらだら聞かされなければならないのか。校長の話なんて無駄に長い上に頭に入ってこない。教師の中にすら立ったまま寝ている奴だっているのだから、こちらだって真面目に参加する必要はないだろう。

有名進学校とはいえど、どこの学校の全校集会も同じらしく生徒達は嫌々体育館に並んでいた。羽生のような生徒の姿は見えなかったから、恐らく参加していないのだろう。

あの一件から遠藤といっさい口をきかなくなった俺は相変わらずクラス内で浮いていたが、直接的ないじめはなくなっていた。首謀者は恐らく誰かをいじめたいというよりも崎谷、遠藤と親しくする暁を妬んでいたのだろう。それとも俺があまりにもイジメ甲斐がなかったから別のターゲットを鞍替えしたか。それも今となっては、もうすぐこの学校を去るつもりの俺にはどうでもいいことだった。


無意識に崎谷を探していたが、人が多すぎて見つけることはできなかった。わざわざ集会に出てくれと言うくらいなのだからいるのは間違いないだろう。いったい今日ここで何が起こるのかと楽しみでもある。色々可能性を考えてみたが、暁をいじめていた連中をこの場で公表した上で停学にさせるくらいしか思い付かなかった。運が良いのか悪いのかはわからないが、おそらく遠藤の事は奴にバレていない。知られていたらとっくに奴はここにいないだろう。



恐ろしく長い校長の話の途中で爆睡してしまった俺は、生徒全員が起立させられた時に目が覚めた。俺が反応した時にはもう全員再び座らされていたが、時計を見るともうすぐ集会が終わる時間だった。このまま何事もなく終わってしまいそうだが、もしかしてもうすでに何かやってしまった後ということはないだろうな。

『それでは、最後に先生方から連絡事項はありませんか』

教頭らしき教師がマイク越しにそう言ったとき、生徒達が少しざわついた。周囲の視線の先を追うと一人の男子が手をあげていた。ようやく崎谷が出てきたかと身を乗り出して見た俺の視線の先にいたのはまったく記憶にない人物だった。

髪の毛はボサボサで、地味な眼鏡をかけていてここからでは顔が殆ど見えていない。そいつは戸惑う教師からマイクを取り、そのまま壇上に上がっていった。


『時間をとらせてすみません。俺は3年C組の崎谷一成といいます。少しの間、俺の話を聞いて下さい』

「……なんだって?」

男の名前を聞いて返事がないとわかっていてもつい口を出してしまう。あの野暮ったい男が崎谷一成だなんてとても信じられないが、声は確かにあいつだ。確か暁が出会った頃の先輩は今より地味だったと言っていた。昔の姿に戻ったということなのか、それにしたって別人すぎるが。

『……俺には、好きな人がいます。1つ下の、すごく大切な後輩です。俺は最初、そいつのこと鬱陶しく思っていました。そいつだけじゃなく、他人と関わるのがとにかく嫌でした』

いったいそんな格好で何を話すのかと身構える俺とざわつく周囲。奴の声は低く沈んでいて、俺の知らない崎谷一成がそこにいた。

『けど俺は、どんなに逃げても俺を追いかけてきたあいつを、いつの間にか好きになってた。でも、俺が迷惑してると思った誰かがずっとあいつに嫌がらせしてることを、最近まで気づきもしなかった。……ほんとは直接やめてくれって言いたかったけど、どうしても犯人がわからなくて、この場を借りさせてもらいました』

そのまま深く頭を下げる崎谷に、その場にいた全員がぎょっとする。まさかこいつがここまでするとは、俺でもこんな真似はできない。

『俺は、暁が本当に好きなんです。お願いだから暁を傷つけるようなことはやめてください。俺達はもう付き合ってないけど、あいつがつらい思いをしてると俺もつらいから。俺が原因で暁を嫌ってるなら、どうかこれ以上あいつを追い詰めないで欲しい。お願いします』

頭を下げたまま訴える崎谷にしばらくの間、誰も何も言わなかった。こいつが何を言っているのかわからない人間も多いだろう。だがどのみち、こんな騒ぎを起こせば暁の件は全員の知るところになる。今も周りがちらちら俺の様子を窺っているところだ。

暁をいじめていた連中はこれを見て何を思ったのか。逆上して、せっかく途絶えていたイジメが復活する可能性もなくはない。
ただ、それでもこんな場所で暁への気持ちを正直に話した崎谷に、俺は素直に感嘆していたのだった。


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