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しあわせの唄がきこえる
005


「俺はお前の事、暁からかなり詳しく話を聞いてた。何しろ唯一の俺の知らない暁の友達だったからな」

ひねくれた部分のない暁は、自分の主観を殆ど入れずに客観的に他人の話ができる。だから暁の話は信憑性が高い。現に俺が見た遠藤は想像通りの男だった。

「お前は好きな奴のために自分を簡単に削れる人間だ。そいつを救うためなら何でもする。そんなことされたら、相手はどうしたってお前の事を好きになるだろ」

暁だけじゃなく、他の奴らもきっとこいつに負い目がある。それを愛だの恋だのと混同しているのだ。だからこそ皆、奴の言葉に素直に従い、何をされても文句も言わない。全員がそうというわけでもないだろうが、暁をその一人にしようとしていたのは間違いない。

「戸上を退学にすれば、暁はお前に感謝する。お前の頼みは何でも聞くようになって、喜んで望みを叶えようとするはずだ。うまくいけば、お前を好きになったかもしれない。でもお前はそうしなかった。暁を自分のものにできる絶好のチャンスなのに、動かなかった」

それこそが戸上の話を俺が信用した理由だ。奴の行動は矛盾している。なんの迷いもなく言い切る俺を、遠藤はただ黙って見据えていた。反論できないのだ。

「最初は俺も信じられなかったよ。お前は汚い手は使っても、暁を傷つけるようなことはしないだろうって思ってたから。だってそれがお前のやり方だろ」

暁の事が好きなら、あんな酷いことはできないはずだ。少なくとも遠藤はしないと考えていた。けれどその理由がわかって、俺はようやく確信できた。

「お前は、暁を好いてなんかいない。むしろ嫌ってる。最初は好きだったんだろうが、裏切られて、今は憎んでる。そうだろ?」

そう考えればすべて納得がいく。暁のためにあれだけ尽くしたのに、暁はそれに応えなかった。遠藤よりも、自分勝手な崎谷を選んだのだ。それにこいつが我慢ならなかったのは間違いない。

「暁はお前よりも崎谷が好きだった。お前を傷つけてでもあの先輩を選んだ。今でもあいつは崎谷が好きなままなんだ」

「うるさい!」

ずっと沈黙を守っていた遠藤が初めて感情を爆発させた。俺の襟首を掴み、乱暴に引っ張りあげる。

「それ以上余計なことを言うな。お前が死ぬほど嫌いになってくる」

「それは図星だからだろ。ちょっとは落ち着けよ」

泣きそうになっている遠藤の表情がちょっと意外だった。暁を嫌ってはいても、まだ気持ちが残っているのだろう。可哀想だなどとは死んでも思わないが、心底惨めだ。だがこれからもっと惨めになってもらわなければ。

「今まではみんな思い通りになったんだろうよ。でも暁はお前に逆らうどころか、お前を捨てた。怒って当然だ。あいつが泣いて叫ぶ姿を見てスカッとしたか? 何にも知らずに頼ってくる暁を見て笑ってたんだろうな。お前の期待通り、一生もののトラウマを植え付けられて良かったじゃねぇか」

「やめろ。挑発されても、俺は、何も言う気はない」

「でも否定しない。否定できないんだろ。認めてるようなもんだ。そりゃ今のお前なら暁に優しくできるだろうよ。可愛くて仕方なかっただろう。自分の手で傷モノにした後の暁は」

「だからやめろって!!」

遠藤は俺の口を無理矢理塞ごうとしたが、その手を軽くかわす。激昂している奴から逃げるのはとても簡単だった。

「俺は、お前を許さない。だから暁にも二度と会わせない。あいつは転校させる。お前のやったことを全部暁に話す。謝るチャンスなんて絶対にやらないからな」

「待って、そんなの勝手だ…! 証拠もないのに…っ」

「俺を信じるか、お前を信じるかは暁次第かもな。でもこれは譲歩だ。二度と暁に近づかないなら、お前がしたことを崎谷には話さないでいてやる。証拠がなくても、この事を崎谷に言えばお前はおしまいだぞ」

崎谷にこの話をすれば間違いなく遠藤を排除してくれるだろう。こっちが気を付けてやらなければ殺してしまうかもしれない。だが奴がまた暁に何かすれば、どんな手を使ってでも潰してやるつもりだった。

「…頼むから、あき君には言わないで」

「無理だ。あいつに教えなきゃお前は反省しない。退学にならないだけマシだと思え」

こいつは暁を傷つけても、暁に嫌われる覚悟はなかった。こいつがやったことを考えれば甘すぎるだろうが、奴を精神的に追い詰めてやることしか今の俺にはできない。

「…暁は、崎谷がいなかったらお前のこと、好きになってただろうって言ってた。あいつを裏切った事、お前は一生後悔するんだな」

暁が本当にそんなことを言ったわけではない。奴を傷つけたいがための嘘だったが、その効果は予想以上で遠藤は顔をくしゃくしゃにして悲鳴に近い声をあげた。

そのまま泣き崩れる遠藤をもっとボロクソに罵倒してやりたかったが、こっちが動揺せず淡々としていた方が相手にはダメージが大きいことを俺は知っていた。それでもまだ怒りが消えることはなく、俺は奴を殴り飛ばしたくなる衝動を必死で押さえながらその場から立ち去った。


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