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しあわせの唄がきこえる
002


ここで俺が選べる選択肢はあまり多くない。勝てばヤられずにすむだろうが、こちらもただではすまないだろう。一番最悪なパターンは殴られた上に犯される事だ。そうなるくらいなら始めから大人しくしていた方がいいかもしれない。何もこいつに無理矢理ヤられるのはこれが初めてというわけでもないのだから。

「羽生さんってほんと、威圧的っていうか迫力あるっていうか…。何か絶対逆らっちゃいけない雰囲気あるよな。背がバカ高いからか…?」

「おい、何ボソボソ言ってんだよ。考え事してる暇なんかねぇぞ」

羽生に首から掴まれそのままベッドに押し倒される。奴は膝で俺の腕をおさえようとしてたが、そのまま反動で身をよじり逆に奴の上に乗ってやった。

「…っ、てめぇ!」

「羽生さん、取り引きしようぜ」

「はあ?」

「お前が二度と暁に近づかないって約束してくれんなら、お前の好きなようにさせてやる」

俺の言葉に羽生は目を見開き固まる。こいつは暁への恋愛感情を自覚していても、この考えなしな性格ではいつまた暁を傷つけるかわからない。ここでの口約束なんてなんの意味もないかもしれないが、奴も戸上の件では約束を守ってくれた。一度約束すればそう簡単にそれを破ったりしないだろう。

「もしお前が暁を襲う気満々だっていうなら、俺はここでお前と闘うしかなくなるけどな」

「………」

「? なんだよ、その顔」

「お前って、何でそこまでできるんだ…? いくら兄弟だからって、おかしいだろ」

「は?」

「そんなに暁のことが大事なのか。自分を犠牲にするほど…?」

羽生の言葉に先程の藤貴に言われたことが頭によぎる。お前は暁が好きなんだと言われ、それは違うと否定した。その気持ちに嘘偽りはないが、だとすれば俺のやっていることは不可解だ。

「お前は勘違いしてるんだよ。俺はもともと男が好きだし、ヤられるのだって慣れてる。犠牲なんて思ったことはない」

「だとしても理解できねぇ。俺も兄弟がいるが、お前みたいな真似は死んでもできない」

「……」

確かにこいつの言うとおり、年の近い男兄弟、しかもこの年齢で仲が良いなんて普通はあり得ない。俺達の場合一緒に暮らしているわけではないので少し特殊だが、それでもここまで相手に尽くすというのはおかしな話だ。

俺達の関係が普通の男兄弟のそれではなかった原因は、殆ど暁にある。暁は昔から年不相応に大人だった。どれだけ冷たくしても、暁はめげずに俺にかまってきた。俺が意地悪な事を言っても怒りもせず笑って許していた。俺相手だけではなく誰に対してもそうなのだ。大人だろうが子供だろうが、たとえ兄弟であろうが相手とうまくやろうとする性格で、そのおかげで暁は誰にでも好かれていた。…ただ一人、俺を除いて。

俺と同じ顔をしているのに、成績優秀、品行方正、何をやらせてもそつなつこなす。そんなあいつを俺はずっと僻んでいた。あいつより秀でてるものが欲しくて、喧嘩ばかり繰り返していた。俺だけは暁を好きにはならないと意地になっていた部分もある。

「ブラコンじゃないなら、自己犠牲願望でもあるのか? お前そんなタイプには見えねぇけど」

「俺、は…」

俺がもっと素直で大人な人間ならば、暁を好きになれた。でも俺は本気で暁が目障りだったし、もう関わりたくないと思っていた。暁を見れば見るほど自分が小さい存在に思えて空しくなったし、会わずにすむならそれでいいと考えていた。

でも今の俺は、暁のために何の躊躇いもなく自分を犠牲にしようとしている。暁がされたことを知ってショックだったのは事実だ。復讐してやりたいと思ったことも。でもそれで自分がどうなってもいいという事にはならないはずだ。
俺が暁のためにここまでする理由、その理由に行き着いたとき、目の前が真っ暗になった。

「…違う、そんなキレイなもんじゃない。俺はずっと…暁の不幸を望んでたんだ…」

俺は暁があんな目にあって、本当にかわいそうだと思った。生まれて初めて、暁に同情した。逆を言えば、今まで暁をそんな風に思ったことはなかったのだ。周りに愛されるあいつは誰からも傷つけられない。幸せそうな暁を見ては、俺と同じくらい苦しめばいいなんて考えていた。中学時代、暁が彼女と別れることになったと相談してきた時も、へこむ暁を見てもいい気味だとしか思えず、内心ほくそえんでいた。
けれど嫌なことがあっても暁はけして引きずらず、すぐに立ち直った。…俺と話すと元気が出るなんて言って、笑っていたのだ。

「俺は、暁があんな目にあって、ようやく優しくできるような奴なんだ。最低だ、こんなの……」

以前の暁を思い出すたび胸が痛くなる。俺が暁に尽くす理由、それはすべて罪悪感からだ。ずっとあいつの不幸を望み、それが最悪の形で叶ってしまったから。

「……俺が馬鹿だった。今さら何をしても、暁には償えない」

俺は悪くないとどれだけ自分に言い聞かせても、どうしても割り切っては考えられない。無意識に目をそらしていた現実を目の当たりにして涙がこぼれた。

「う、わ」

にじむ視界に目を擦った一瞬で、俺がベッドに押し倒される。羽生がみっともなく泣き出した俺を無表情で見下ろしていた。

「お前、もう話すな。つらいなら考えるだけ無駄だろ」

「えっ」

濡れた瞼を犬みたいにペロリと舐められ、そのまま唇で口をふさがれる。俺の涙の味がした。

「いいぜ、約束してやるよ。暁には手を出さない。だからやらせろ」

「な、ちょ…」

慣れた手つきで手際よく服を脱がせていく羽生。こんな状況でよくやる気になれるものだと思ったが、奴にとって俺の話などさして興味はないのかもしれない。俺は約束すると言う羽生の言葉を信じ、今だけはすべてを忘れようと奴に身を委ねた。


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