しあわせの唄がきこえる
006
「今日からこのクラスの一員になった、立川君だ。立川君、みんなに挨拶して」
「た、立川暁といいます。よろしくお願いします」
担任に教室へと案内された俺は心の準備をする前に、クラスメート達の前に引きずり出された。2年1組。これから俺が在籍するクラスだ。
緊張しながらも当たり障りのない、つまらない挨拶をした俺にパラパラと拍手が起こる。大歓迎、という雰囲気でもないがある程度好意的な空気に少し驚かされた。
不良校、ときいてイメージしていた生徒達の様子とはかなり違う。てっきり俺は色とりどりの頭をしたいかついヤンキー達が、制服を着崩しふんぞり返ったまま転入生を値踏みするように睨み付けている様子を想像していた。しかし実際は教室は綺麗に整頓され、生徒達はみな穏和そうな顔でおとなしく椅子に座っている。制服もきちんときているし、ヤンキーどころかむしろ俺が前いた学校よりも真面目そうな男達ばかりだった。ここは本当に柄の悪い連中ばかりが集まった不良校なのだろうか。とてもそんな風に見えない。温室育ちの坊っちゃんはいても、グレた不良などどこを探しても見つからなさそうだ。
「じゃあ立川はあの窓際の一番後ろのあいてる席に座ってくれ。わからないことがあれば隣の奴に助けてもらえよ」
「はい」
周囲から注がれる視線にどぎまぎしながら俺は指定された席へと向かう。隣の人と仲良くできるかなぁと思いながらちらりと視線を向けた瞬間、俺は一瞬その場に凍りついた。
睨み付けられたわけでも、暴言を吐かれたりしたわけでもない。隣人はただ机に突っ伏して眠っていただけだ。ただ彼の髪が普通の高校生は絶対しないような、明るい金髪だったのだ。
「おい遠藤、しっかりしろ! 新学期早々寝るな!」
「んー…?」
先生の声にもぞもぞと身体を起こし始める金髪君。ただ脱色しているだけでビビるなんて我ながら情けないが、授業中昼寝をしているとは彼はまず間違いなく不良だろう。
「お前は生徒会役員なんだから、しっかりと転入生をサポートしてやるんだそ」
「……転入生ぇ?」
金髪君は目の前に立つ男、すなわち俺を見上げきょとんとする。どうやら俺の自己紹介はまったく聞いていなかったらしい。
「……誰?」
「は、はじめまして。立川暁です。転入生です」
「たちかわあきら、くん」
「は、はい」
寝ぼけ眼のまま探るように見つめてくる不良に、カチカチに緊張してしまう俺。しかしこの人といい崎谷先輩、蒼井君といいやけに爽やかなイケメンが多い気がする。そういう意味でも変に緊張してしまっていた俺だが、目の前の金髪君は俺の手をとるとぼんやりした目付きのままポツリと呟いた。
「……かわいい」
「え゛」
可愛いって、何だ。まさか俺のことか。いや俺には可愛い要素など一つもない。きっと別の何かを思い出していたのだろう。
「俺の隣、いてもいいよ」
「……?」
許可などもらわなくとも、俺の席は彼の隣なのだが。わけがわからず身動きがとれずにいると、先生が呆れたように大きくため息をついた。
「おい遠藤、ふざけてないで立川を席に座らせてやれ。転入生は、まだお前のそのノリに慣れてないんだからな」
「……はーい」
遠藤という名の金髪君は無表情のままおとなしく先生の指示に従う。やっと腕を解放された俺はほっと息を吐きながら自分の席に荷物を置き、腰を下ろした。今のはこの男なりの冗談だったのだろうか。それにしては笑いどころがまったくわからなかったが。
「るい」
「え?」
「遠藤、流生」
「……」
俺の名前は立川暁なので、どうやらこれは自己紹介をされているらしい。金髪君は必要最低限のことしか話さない様なので理解するのに時間がかかる。
「遠藤流生って確か…」
その名前にはとても聞き覚えがある。同姓同名の人違いという可能性もあるが、遠藤はともかく流生はそこまでありふれた名前ではないだろう。
「もしかして、蒼井君の親友?」
「? 蒼くんのこと、知ってるの?」
「……ビンゴか」
そういえば確か先生が遠藤君を生徒会役員だとか言っていた。遠藤流生は、蒼井君のとても強い友達で、蒼井君は遠藤流生に守られているといっていた。しかし目の前の男、不良は不良だがそれは金髪とピアスのせいで、彼自身あまり強そうには見えない。胸板は薄そうだし手足など俺よりも細いのではないだろうか。顔もただ美形ってだけで、ガンとばしているところなんて想像もできない。
「俺、職員室まで蒼井君に案内してもらったんだ。遠藤君は、蒼井君と仲がいいって聞いてたから」
「流生」
「え」
「流生って呼んでいいよ。許す」
「………ありがと」
何故かにこにこと微笑みかけてくる遠藤君に戸惑いつつ、俺は素直にお礼を言った。この人も不良とは思えないぐらいの愛想のよさだ。いきなり襲ってきた奴らもいたが、きっと大半がいい人間なのだろう。もしかしたらここでも、俺にちゃんとした友達ができるかもしれない。
「これからよろしく、あきくん」
「あきくんって、俺?」
「うん、よろしくね」
「……よろしく」
とりあえず、嫌われてはいないようだ。蒼井君の話が本当なら、遠藤流生から色々学べるものもあるかもしれない。ちょっと打算的に物事を考えていた俺は、先ほど言われたばかりの蒼井君の忠告をすっかり忘れてしまっていた。
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