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しあわせの唄がきこえる
004


足早に食堂から離れる俺を後ろから誰かが追いかけてくる。羽生だったらどうしようかと心配だったが、俺を呼ぶ声を聞いて安心した。

「暁!」

追いかけてきた崎谷一成に、俺は足を止める。あそこまでして俺を追って来なかったらどうしようかと思っていたが、そんな程度の奴なら俺が話してやる価値もない。

「何ですか?」

「何ですかじゃねえ! 今のはどういうことだ!? 羽生といた事だけでもありえねぇのに、何やってんだよお前!」

やはりこいつは俺と羽生がここ最近一緒にいたことを知らないようだ。こちらも隠していたのだから仕方ないが、何も知らないこいつにはイライラさせられる。

「俺が羽生にキスしたこと? 先輩には関係ないでしょう」

「……! ちょっとこっち来い!」

ドライな俺の言葉に一瞬面食らった崎谷は、怒りの形相で俺の腕を引っ張った。人気のないところまでくると、白状するまで逃がさないと言わんばかりに俺を壁際まで追い詰めた。

「なんでお前が羽生とそんなことするんだよ」

「何でって……あの人と付き合ってるから」

「はあ!?」

「先輩、痛い」

腕を強く掴まれ、身体を乱暴に揺さぶられる。崎谷に対して好意的な感情を持っていない俺はイラつくばかりだ。

「お前はあいつがどんな危ない奴かわかってるはずだろ。何であいつと付き合ったりなんか……」

「羽生が好きなんだよ。それ以外に理由はない」

「な……」

俺の言葉が余程ショックだったのか、目を見開いたまま硬直する崎谷。冷たい俺の目を見て崎谷の力が抜けた。

「暁、羽生に脅されてるんだろ? 俺が何とかしてやるから、全部説明しろ」

「………はははっ。アホかお前」

「…ア、アホ?」

「脅されてたら水ぶっかけたりなんかしねぇよ。お前ってほんと何にもわかってないよな。……ほんと、イラつく野郎だ」

「……っ」

暴言の数々に今度こそ言葉をなくす崎谷。可愛い暁は先輩にこんな生意気な口を利いた事がないのだろう。

「暁、お前何があったんだ? ほんとに変だぞ。まるで別人じゃねぇか」

「俺が本当に別人だったらどうするんだよ」

崎谷の綺麗な顔が崩れて、俺を見る目が一変する。俺から手を離し、探るような視線をこちらに向けてきた。

「お前、暁じゃないのか…? 」

「だったらなんだよ。そんなことどうだっていい。暁がこれまでどんな目にあってきたか、お前知ってんのか? 暁がいじめられてたことは? クラス全員に無視されてたことは? その原因が自分だって、お前知ってたのかよ」

こいつがもう少し気を配っていてくれたら、暁は襲われずに済んだかもしれない。そんなのはただの仮定の話なのに、崎谷に対して腹が立って仕方がなかった。

「いじめって、友達がいないとは言ってたけど暁はそんなことされるタイプじゃないだろ? 無視されてたのだって、それは遠藤のせいだ。俺は何もしてない」

「いじめは全部お前のファンの仕業だ。自分が周りに与える影響をちょっとは考えろ。遠藤がいなくたって、いじめの標的になってる奴と仲良くしようとする人間はいない。暁を色んな危険からずっと守ってたのは遠藤なのに、お前は問答無用で排除した。暁を守るために怪我までしたあいつをだ。その時の暁がどんな気持ちだったか、お前は考えたことあるのか」

「……!」

あの暁のことだ。崎谷に気取られまいと必死に隠していたのだろう。こいつが何も知らないのも仕方ないのかもしれないが、自分は悪くないという崎谷に理屈ではなく苛立った。

「暁はもう耐えられなかった。引っ込んじまったあいつの代わりに、俺が取って代わってやったわけ。俺は俺で好きにやらせてもらう。もうお前は関係ない」

「代わったって、まさかお前…」

「俺は暁だけど、中身は暁じゃない。俺の名前は忍だよ。別に覚えなくていいけどな。暁っつー男の事は忘れろ。あいつはもう俺の中で消えちまった。二度と戻ってこない」

「嘘、だ…そんなのあり得ない……」

暁があそこまで追い込まれても、こいつは何も気づかず放っておいた。崎谷一成は暁に必要ない。暁も会いたくないから別れることを決めたんだ。こいつに自分のやったこと…いや、やらなかったことをわからせた上で、暁に接触させないようにするにはこの方法しかない。

「じゃあお前は俺が暁に見えんの? だとしたらお前の目は相当節穴だな。お前には悪いけど、暁は絶対に出てこない。もうこの身体には俺しかいないんだからな」

「そんな……そんな馬鹿な話があるか! 頼む暁、何かの冗談ならすぐにやめろ。俺が悪かったから。こんな嘘は酷すぎる…」

俺の声を聞きたくないのか、耳を塞ぐような仕草をして俺を睨み付ける。今にも泣きそうな面をしていたが、崎谷に同情する気にはなれなかった。こいつは本当に暁が好きだったのだろうが、それが行動で示せなければ意味がない。

「冗談でも嘘でもねぇ。お前が今どれだけ薄っぺらい言葉を並べても暁には届かない。もう諦めろ」

「…どうすれば、暁は戻ってくるんだ」

「いちいち人に訊いてんなよ。んなもん自分で考えろ。チャンスが何度もあるとは限らないけどな」

「……っ」

もう話すことはないと、俺は奴に背を向ける。引き止めてきたら張り倒してやるつもりだったが、崎谷はその場から動かなかった。少しやりすぎたかと思ったが、俺が奴を心配する義理などない。暁を簡単に手放したことをせいぜい後悔しろと、項垂れる崎谷を置いていった。


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