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しあわせの唄がきこえる
002


藤貴からの折り返しの電話は深夜12時を過ぎてからかかってきた。
俺が藤貴に頼んだのは暁とのパイプ役だった。あの状態の暁が俺の話をまともに聞いてくれるとは思えないので、それなりに打ち解けているらしい藤貴を通して事情を聞こうと思ったのだ。だがさすがの藤貴でも今の暁から話を聞くのは一苦労だったらしい。



『……暁と喧嘩した』

「あちゃー」

電話口から聞こえてくる藤貴の疲れきった声に頭を抱える。まさか藤貴にまで喧嘩を売る程荒れていたなんて、あの争い事とは無縁な暁だとは思えない。

『何で忍を止めてくれないんだってすげー怒られた。お前のこと心配してたぞ。暁に怪我させないように宥めるの大変だったんだからなー』

「……ごめん」

謝る俺に電話の向こうで藤貴が笑ったのがわかった。俺が暁のことで謝ったのがおかしかったのだろう。にしても怪我させないようにって、どんな激しい喧嘩をしたんだ。

『忍の尻拭いするよりだいぶ楽だから、気にすんな』

「おい、そんな口きく余裕があるってことは当然うまく聞き出したんだろうな」

『ああ。犯人は戸上だ。少なくとも暁はそう思ってる。奴に倉庫に閉じ込められたって本人が言ってたから間違いない』

「……ふーん」

『ただ、目隠しをされたのは本当らしい。かなり厳重に。しかも暁の目が見えない間、奴は一言も話さなかったんだとよ』

「……」

そんなことはあり得ない、と一瞬思ったが暁が言うなら本当なのだろう。だが目隠しはまだいいとして、せっかく捕まえた獲物を前に口を閉じるなんて事あるのだろうか。戸上の嗜好なんて知らないが、無理矢理人を組み敷く様な奴は、言葉で精神的に追い詰めるのが好きと相場が決まっている。何よりあのおしゃべりが大事なところで口を閉じるなんて考えられない。

「最初から遠藤に罪をなすりつけようって魂胆だった……ってことなのか?」

『閉じ込めて目隠しなんかして、俺はやってませんって、そんな言い訳通るわけねぇだろ』

「戸上は通そうとしてるけどな。自信満々で」

余裕がある理由は、その話が事実だから。その可能性がどうしても頭から離れない。遠藤か戸上が、それともまた別の誰かなのか。判断できる今のままでは材料が少なすぎる。

『一応暁に犯人が戸上じゃない可能性はあるかって訊いたけど、あり得ないって言ってた。目隠しされてて顔はわからなくても、奴の匂いがしたらしい』

「匂い?」

『香水のな。いつも同じのつけてるから間違いないってさ』

香水の匂いなんて戸上の近くにいても、俺はまったく気がつかなかった。キレていたせいでそこまで気が回らなかったのだろうか。

「香水なんか同じものつけりゃいいだけだから、別に何の証拠にもならない」

『そうだけどさー、もし犯人が戸上じゃなかったら暁はショックだと思うぞ。まさかそれも俺の口から言わせんの?』

「俺から言えないなら、お前しかいないわな」

『えええマジかよ』

藤貴にはさらっと返したが、確かにもし遠藤が犯人なら、それはそれでまた別の問題が出てくる。やはり俺は怒りのあまり頭がまともに働かなくなっているようだ。

『あ、それとちゃんとあの動画のことも聞いてきたぞ。なんか傷口えぐってるみたいで心苦しかったけど』

「ああ、あれか。…で、あいつの言い訳は?」

遠藤との浮気の動画が俺に見られたと知って身もだえていたそうだが、ばつが悪そうにしながらもちゃんと理由を説明したらしい。今まで自分が流生から受けた恩と、それを仇で返す形で流生と離れなければならなくなり断りきれなかった理由を延々と話してくれたそうだ。
ふんわりとした説明だけで誤魔化そうとしていた暁も藤貴によって洗いざらい吐かされてしまったのだろう。藤貴はまるで見てきたかのように詳細を話してくれた。

暁の唯一の俺の知らない友達ということもあって、暁から遠藤の事はかなり事細かく聞いていた。だがそういう惚れた腫れた系の話はバッサリとカットされていたので、藤貴から聞いた話は殆ど初耳だった。

「何というか……遠藤も暁もよくやるな。恋愛脳すぎてついていけねぇわ」

『お前だって十分恋愛脳じゃん。あの幼馴染みに関しては』

「うるさい黙れ」

俺のすることにいちいち干渉してこないのでこいつには何でも話す事が習慣化しているが、桃吾の事は黙っているべきだった。あいつへの片想いをちょっとでも茶化されるだけで例え正論でも無性に腹が立ってくる。

『でもやっぱお前と暁って、中身も意外と似てるんだな』

「はあ? どこが?」

『撫でると大人しくなるとこなんかそっくりだろ』

「おい、誰がいつお前に撫でられた」

『小学生の時よくやらせたくせに、都合よく忘れんなよ』

「そんな昔の話知るか」

藤貴なんか、俺と暁の面倒を見るぐらいしか脳がないくせに生意気だ。これ以上話すと余計にイラつきそうなので、俺はまた何かあればすぐ連絡することを約束させ電話を切った。


文句もないことはないが、藤貴に暁を任せたのは結果的に良かったかもしれない。あれだけ荒れていたにも関わらず、喧嘩をしながらも暁は藤貴には自分の事をきちんと話せている。元気そうで良かったなんて、そんな風に思うのはおかしな話かもしれないが、心配していたよりも暁が普通に生活出来ていることに、俺は安堵していた。


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あきゅろす。
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