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しあわせの唄がきこえる
二重人格


戸上と一先ず休戦協定を結び、話し合いを終えた俺は考え込みながら教室へと足を向けていた。正直授業など受けている暇はないが、羽生とつるみ出してからすでに何度か欠席してしまっている。後で暁にうるさく言われてはたまらないので、遅刻してでも授業には出ておこうと思ったのだ。
しかしその途中、俺の行く手を阻む者が現れた。先程突然ふらふらとどこかに消えた羽生誠だ。



「何だよお前。今までどこに行ってたんだ」

「……」

「ま、どうでもいいけど。後から怒りがこみ上げて、俺を殴りにきたってとこか?」

なら相手してやるよ、と構える俺を一瞥して羽生は項垂れる。まったく覇気の感じられない奴の姿に、構えるのも忘れて顔をしかめた。

「おい、さっきから何なんだよお前。言いたいことあるならさっさと言えって」

「その口調、本気で別人なんだな……」

「ああ? だからそうだって言ってんじゃねえか。怒ってんならさっさとかかってこい」

もちろん素直にやられてやるつもりは毛頭ない。こいつの件は早めに決着つけるのが得策だ。多少俺の方もダメージ受けるだろうが、今の俺は負ける気がしなかった。

だがいくら待っても羽生は俺の方を見ようともしない。さすがに様子がおかしいと恐る恐る俺は奴に近寄った。

「……羽生?」

奴の表情は青ざめていて、あの圧倒的支配者オーラを纏う男の面影はもうない。まるで別人だ。何が奴をここまで憔悴させてるのか、すぐにはわからなかったが羽生が小さく暁の名を呼んで、ようやく気づくことができた。

「……まさかお前、本気で暁が好きだったのか?」

「……」

俺のその一言に、羽生の目が見開く。あり得ないことだが、奴も俺に言われて初めて気がついた様子だった。そんな訳ないと反論しようとして、否定しきれず言葉を探したまま硬直してしまっている。

「ははっ……マジかよ笑える……」

「……なんだと?」

さすがに馬鹿にされた事に気がついたらしい羽生が俺を睨み付ける。けれど奴がどんなに凄んでも今更何とも思わない。ただただ腹立たしいだけだ。

「馬鹿馬鹿しくて笑えるっつってんだよクソ野郎。てめぇがいつから暁が好きかは知らねーけどな、お前は本気で惚れてる相手をレイプしたんだぞ。気づいてなかったからって、俺が許すと思ってんのか?」

暁を好きになる資格はこいつにはない。今すぐその口を縫い付けて余計なことを言えないようにしてやりたい。

「俺は絶対に許さない。お前をぶっ殺さないのは、てめーが間違えて暁じゃなく俺を襲ったからだ。自分が暁を傷つけてないこと、お前はもっと喜べよ。ショック受けるんじゃなくて」

俺が笑いながらキレているので、羽生は怒りをどこかへ置いていってしまったらしい。奴はおそらく今までまともに人を好きになったことなどないのだろう。すっかりしおらしくなって俺の話を聞いている。

「……ただ、俺は優しいからな。お前にチャンスをやってもいい」

「……チャンス?」

「ああ。どんな手を使ってもかまわない。戸上を大人しくさせてろ。お前ならできるだろ」

例えあいつが暁を襲った張本人じゃなくとも、奴が協力したことは事実だ。それを指折りくらいで許してやるわけにはいかない。

「話聞いてたんだろうが。暁を強姦した奴に戸上は手を貸したんだぜ? お前だって許せないはずだ」

「誰なんだよ、その暁をヤった奴は」

「犯人探しは俺の仕事。お前は何もしなくてもいい。犯人は俺が始末をつける。干渉すんな」

暁が襲われたと知って内心腸煮えくり返っているのだろうが、生憎こいつは怒る立場にない。俺を締め上げてでも吐かせようか、大人しくしておくべきか葛藤している様だ。

「……で、俺がそれをやるメリットは?」

「お前が俺を強姦したってこと、暁に黙っててやる」

俺が笑顔で出した条件に羽生が値踏みするような視線を向けてくる。これが破格の交渉だということに奴はまだ気づいていない。

「親切心から言ってやるけど、お前、暁がどれだけ俺の事好きか知ってんのか? 可愛い弟は俺が守らなきゃって、我が身削っても俺を優先するような奴なんだよ。頭おかしいブラコンなんだから、俺の事知ったら賭けてもいい。お前の事は死んでも許さないし、それどころか殺しに来るぞ」

自分で言っておいて我が身内ながら恐ろしい。何が怖いって、これでも控えめに言ってることがだ。

「暁はお前の事、怖がってはいても嫌ってはなかった。むしろ尊敬してたんだ。そのイメージは崩さない方が得策だと思うけどな」

まるでうまくいけば本物の暁を手に入れられるかの様な言い方だったが、もちろんこいつには二度と暁を近づけさせる気はなかった。かといって羽生が俺の指示を無視してたとしても、奴に犯された事を話すなんてできない。ただでさえ精神的にまいっているのに、俺が襲われたとなれば暁はもう心がもたないだろう。だからこれはすべてリスクのあるハッタリだ。だが俺にはうまくいくという確信があった。

「……戸上を監視してりゃいいんだろ。そんなの楽勝だ」

「交渉成立だな。余計なことはせず、言われたこと以外は今まで通りに振る舞ってくれよ」

また連絡する、と言い残し俺は羽生の横を通りすぎる。後々冷静になった羽生に色々言われるかもしれないが、なんとかこの場は乗りきった。ほっと一息ついた俺は歩きながら携帯を取り出し、次の段階に進むため藤貴に電話をかけた。


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あきゅろす。
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