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しあわせの唄がきこえる
004


その日の昼休み、俺はいつも通り桃吾と一緒に弁当を食べていた。前日早退したこともあってか、桃吾は元気のない俺をかなり気遣っていた。

「昨日は大丈夫だったか? ここから帰るの大変だっただろ。俺の部屋で休んでても良かったのに」

「あ、ありがと。でももう大丈夫だから」

「そうかぁ? やっぱこの学校にまだ慣れてないんじゃ…。こっち来てから体調崩してばっかじゃん。テスト明けの時もなかなか熱下がらなかったし」

「……ああ、そうだったな」

「あの時は電話かけても出てくれねぇし、心配したんだからな。一応俺はここでの事に責任あるんだし、何かあるなら言ってくれねぇと。お前何かと目ぇつけられてんだから」

暁を心配するのは当然だが、尚更本当のことは言えなくなった。こいつ責任感じて何をするかわかったもんじゃない。

「桃吾から見て、誰が一番危ないと思う?」

「はあ? 何だよそれ」

「近づいちゃいけない要注意人物がいるなら知っときたいし……」

俺の知らない誰かが暁を襲ったのだとしたら、情報収集は大事だ。桃吾なら何か知ってるかもしれない。

「そんなの羽生誠に決まってるだろ。何を今更」

「……だ、だよなー」

確かに俺だって羽生だと思う。現に奴は本当に俺を暁だと思って襲ってきた。だからこそ本当の暁を襲ったのは奴ではないと言い切れるのだが。

「羽生はわかってるから。それ以外で」

「以外って、……そんなの暁が一番わかってんじゃねぇのか? 絡んでくる奴とかいるなら俺がおしえてほしいくらいだよ」

「……」

暁を狙ってる奴なら見ればすぐにわかる。問題はそれが多すぎることだ。廊下を歩いているだけで嫌な視線がまとわりついてくるので容疑者が多すぎて一人に絞れない。

「とにかく気を付けろよ。何かあれば絶対に言うんだぞ」

「ああ、わかってるって」

桃吾に話す気はまったくないが、一応笑顔で頷いておく。羽生の件があってから桃吾はかなりの心配性になってしまったが、こいつにだけは頼るわけにはいかないのだ。唯一の絶対的な味方を当てにできない今、一人ですべて解決しなければならないのでとても気が重かった。








「暁、いい加減崎谷んとこ行くぞ」

「え」

放課後、羽生に呼び出された俺はいつも通り奴の部屋に連れ込まれていた。ベッドの上でさっさと制服を脱がされていた時、奴が呟いた言葉に一瞬頭が真っ白になった。

「お前が言ったんだろ。崎谷に俺との事話すって」

「そ、そーでしたね」

そういえばそんなことも言ってた気がする。だがぶっちゃけ今はそれどころではない。ただでさえ問題が山積みだというのに、これ以上ややこしくなるのは困るのだ。

「あいつの悔しがる顔が見られんならってんで色々譲歩してやってんだからな」

「……あの羽生さん、実は俺、ちょっと今そういうことできる余裕がなくて」

「は? 何でだよ」

当然のごとくキレる羽生に逃げたくなる俺。この男は同じ高校生のくせにどうしてこんなにも威圧感があるのか。断じてビビってるわけではないが、下手に歯向かうと面倒なことになりそうだ。かといって崎谷に羽生のことがバレたらさらに俺の負担が増える。

「何か最近、狙われてる感じがして、身の危険を感じるんです」

「何だそりゃ、誰かに何か言われたのか?」

「そういうわけじゃなくて、ただなんとなくそんな気がするだけなんですけど」

俺の不安げな言葉に珍しく考え込む羽生。こいつからも何かヒントが得られればと思って言ったのだが、奴に思い当たる節はなさそうだ。

「……自意識過剰なんじゃねえの?」

「ぬあ!……も、もういいですっ。羽生さんにはもう何も言いません」

本気で腹が立ったのでシーツの中に潜り込んで顔を隠した。奴が乱暴にシーツを引っ張ってくるのでささやかな抵抗をしていたがあっさり取り上げられてしまう。

「そんなに心配なら、ここに俺の名前でも彫ってやりゃいい。男避けできるぜ」

そう言って俺の下腹部を撫でる羽生にぶっ倒れそうになるくらい血の気が引いた。

「えええええ、遠慮します……っ!」

「冗談に決まってるだろ。何本気にしてんだアホか」

お前が言うと冗談に聞こえないんだよ! ってかお前冗談とか言うのか!

「何かあれば俺の名前を出せばいい。大抵の奴はそれでビビって諦める」

「い、いいんですか?」

「俺だって赤の他人とてめーを共有したくねぇからな。気持ちわりーし」

「……」

意外と優しい羽生に一瞬ほだされそうになったが、こいつがやってることは今俺が躍起になって探してる奴と同じだ。暁本人には何もしていないというだけでつい気を許してしまいそうになるが、本当ならこいつに復讐してもいいくらいだ。今のところその方法が見つかっていないだけで、断じて諦めているわけではない。
だがこいつにヤられたのは俺の方にも原因がある。暁にもさんざん注意されていたにも関わらず羽生の隣でノンキに寝ていたのだから。

「……って待てよ。つまりそれって……」

のし掛かっていた羽生を押し退けて、床の隅に置いてあった自分の鞄の中を慌てて確認す。怪訝そうな声で奴が何か言っていたが、反応する余裕はなかった。

「…あった! これだ……!」

「……どうした?」

目当てのものを見つけ顔を輝かせる俺を見て羽生の声がさらに険しくなる。奴にとっては紙切れでも、それは俺からすれば間違いなく暁を襲った犯人を見つける手掛かりだった。


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