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しあわせの唄がきこえる
005




「この学校で、一番強い人?」

俺の質問が予想外だったのか、蒼井君はきょとんとしながら首を横に傾けた。確かに転校生が始めに質問する内容でもないが俺にはとても重要なことだ。

俺は前に弟に訊ねたことがある。強くなる一番の近道は何なのかと。その時弟は、喧嘩の強い人間に付き従うことだと言った。頂点に立つ男を師と崇め付き従い気に入られれば、喧嘩のやり方は教えてくれるしその闘いっぷりを間近でみることができる。そして何より、自分の経験値を上げることができる……らしい。
だから俺はこの学校で一番強い人間を見つけ、そいつを師匠とする必要がある。まず俺みたいな一般人が行動を共にできること自体難しいし、いいとこパシりにされるだけだろう。だが最初はそれでもかまわないと思っている。まずは自分の顔を覚えてもらうことが大事だ。

「そうだな…、一番強いっていったらやっぱ羽生(ハニュウ)先輩かな」

「羽生…?」

「そう羽生誠(マコト)。不良のトップだよ」

「ト、トップ!?」

それ完全にこの学校で一番強い男じゃん。決めた、俺は今日からその人の舎弟になる。なれるかどうかはわからないが、絶対お近づきになってやる。

「これは立川君への注意事項に追加かな。羽生先輩には絶対近づいちゃいけないよ」

「え」

出鼻をくじかれぽかんとする俺に少し困った顔になる蒼井君。そりゃ彼の言いたいことだってわかる。不良は危険だ。だがそんなものは百も承知で俺はここに来たのだ。

「彼が強いのは確かだけど、この学校では有名なワルなのも確かだ。目をつけられたらイジメなんて生易しいものじゃすまない」

「それはわかってるけど……」

「本当にわかってる? 僕のいうこと半信半疑じゃない? 疑うのも仕方ないけど、僕は本当のことしか言ってないからね。とりあえず、学校では一人きりにならないってのは約束して。武道の心得でもあるなら別だけど」

「そんなものはまったくないから、ちゃんと気を付けるよ。ありがとう」

よし、この学校で1人で歩いても大丈夫になることを当面の目標にしよう。……在学中に達成可能だろうか。
しかし単独行動不可とは、友達ができないと自由には動きづらいのではないか。先生に用事を頼まれたりとかした時はいったいどうすれば……いや、ちょっと待てよ。

「じゃあもしかして、蒼井君も強いの?」

「えっ」

「だって、こんな人のいない時間に1人で校舎を歩いてるじゃんか。危険だろ」

自身が危険だと言ったことを今まさに実行している蒼井君。これで彼が強くないのであれば矛盾になる。

「いやいや、僕はまったく強くないよ。喧嘩だってしたこともないし」

蒼井君は期待に目を輝かせる俺を見て少し照れ気味に笑いながら否定する。羽生誠という不良が無理なら蒼井君にご指導をお願いしようかと考えていたのが顔に出ていたらしい。

「僕の親友がすごく強いから、みんな僕には何もできないだけ。僕は守ってもらってる状態なんだ」

「親友?」

「そう。そいつは遠藤流生(ルイ)っていうんだけど、僕と同じ生徒会役員で立川君と同じクラスだよ」

「へぇえ」

「……けど立川君、流生にはあんまり近づかない方がいいと思う」

またしても考えが顔に出ていたらしい俺に蒼井君がやや呆れ気味に注意してくれる。同じクラスで蒼井君の友人なら師匠としては最適だと思ったのだが。

「どうして? 蒼井君の友達なんだろ?」

「うーん…僕も親友のことを守ってもらってる身で悪くは言いたくないんだけど、流生は……」

「蒼井!」

蒼井君の話は前から声に遮られた。俺達に声をかけてきたのは年配の男の先生だった。

「先生、始業式終わったんですか?」

「ああ。悪かったな、蒼井。こんなことを頼めるのはお前か遠藤ぐらいだから」

「流生にはさせちゃ駄目ですよ。まあ転校生なんて早々いませんけど」

「…この学校の説明は?」

「それはもちろん。そのための僕ですから」

この時の先生はあからさまにほっとした顔をして、しきりに蒼井君に感謝していた。そして隣にいた俺に視線を移し愛想よく笑いかけてきた。

「はじめまして、立川君。私が君の担任になる藤本です。これからよろしく」

「よろしくお願いします。立川です」

意外と感じのいい先生に俺は内心ほっとした。不良校の教師といえば屈強なイメージしかなかったのだが、目の前の人は本当にどこにでもいそうな普通の先生だ。

「では藤本先生、あとはお任せしますね」

「ああ、蒼井はすぐに自分の教室に戻ってくれ。ご苦労様」

蒼井君は先生に会釈した後、去り際ににっこりと笑いかけてくれた。すぐさま小さく手を振りながらも、俺はこの時すでに蒼井君のファンになりかけていた。

「じゃあ今から教室に案内するから、明日から迷わないように覚えとくんだぞ」

「はい、お願いします」

愛想のよい先生に優しい崎谷先輩に蒼井君。最初に襲われかけたショックはあったが、中にはいい人もいるのだとわかり、なんとかやっていけそうだと俺は一安心していた。


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あきゅろす。
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