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日がな一日
006





「柊二、大丈夫か。なんか今日疲れてねぇ?」

演劇部で衣装あわせをしていた瀬田は、隣にいた夏目にそう声をかけられた。自分ではうまく隠せていると思っていただけに、その些細な変化に気づいた彼には驚いた。

「……夏目くんって、ほんとに周りを見てるよね」

「いや柊二だから気づいたっていうか……ってことはやっぱり何かあったんだ」

「あ」

何もないと誤魔化すつもりが感心のあまり正直に話してしまった。夏目はちっとも笑ってない迫力のある笑顔を瀬田に向けながら言った。

「今日、柊二の部屋行くから。そこでゆっくり話そうぜ」

「えっ、いやそんな……」

「行くからな〜」

有無を言わさぬその口調に頷くしかなくなった。夏目に、というより誰かに相談する気はまったくなかったのに、と自分の迂闊さに項垂れた。





「おじゃましまーす」

宣言通り、夏目は夜に柊二の部屋へやってきた。差し入れを持って笑顔でやってきた彼を見ると、気が重くなっていた事が申し訳なくなってきた。

「何か柊二の部屋、久しぶりな気がする」

「テスト前はずっと来てくれてたもんね」

瀬田は久々に佐々木嵐志のポスターを押し入れに隠した。絶対バレないように細心の注意を払って隠しているが、見つかったはどうしようといつも内心ヒヤヒヤだった。
夏目はいつもの場所に座り、瀬田はその真向かいに腰を下ろした。

「今日の衣装、柊二似合ってたじゃん。サイズもピッタリだったし」

「わー! それは言わないで!! 恥ずかしいから」

「わかってるよ。だからその場では言わなかったんだろ。本番が楽しみだな」

あの衣装は本来、演劇部のスター、塩谷が着る予定だったものだ。ああいった目立つ格好良い衣装を着る機会などないので、瀬田は鏡で見た自分の姿にいたたまれなかった。

「衣装が嫌で落ち込んでたわけじゃねぇだろ。今日、元気なかったのは軽音部にまた何か言われたからか」

「……」

瀬田は自分の気持ちが塞いでいることを誰にも知られないように気を付けていたつもりだった。夏目は自分が誘ったせいでという負い目があったので、特に明るく振る舞っていたのだ。弘也にも気づかれなかったのに、なぜ彼はわかってしまったのだろう。

「柊二がどう思おうと、軽音部が柊二に絡んでくるのは俺がそもそもの原因だろ。でも俺は誘ったこと後悔してなんかねぇよ。だって劇は柊二に合ってると思うし、楽しそうに見えるから。だから尚更、俺には全部話してほしい。隠されて何かあってからじゃ遅いんだよ。後で知る方がよっぼど困る」

「……」

年下なのに見た目も中身も夏目は自分よりずっと大人だ。頼りがいがあって、すべての事に達観しているようにすら見える。もしかするとあの椿礼人よりも完璧な男なのではないか、そんなふうにさえ思えてきて瀬田は目の前の後輩に、今まで以上の尊敬の眼差しを向けていた。

「夏目くん、生徒会ファンクラブっていうのがあるの知ってる?」

「は? ファン、クラブ……なんとなく、存在があるのは聞いてっけど」

「昨日、中村さんから聞いた…っていうか無理矢理聞き出したんだけど、その会員しか出入りできないサイトの掲示板に、最近俺の誹謗中傷が突然増えだしたんだって。ホモは劇なんか出るなとか、生徒会のゴミだ、とか。恐々確認したらあることないこと書かれててさ」

「何だよそれ…。誰がそんな……ってまさか、軽音部の仕業なのか?」

「証拠はないけど、タイミングがあってるかそうかもしんない。会員になんて簡単に誰でもなれるし。まあ悪口の書き込みくらいで済むなら、全然マシなんだけど」

リンチにでもあうのかと思ったが、やはり口先だけで実行する気はないらしい。この辺りの甘さがセレブ学校の生徒らしいとも言える。

「でも、匿名でネットにそんなこと書くやつ許せねぇよ。そういうの削除できねぇのかな。犯人捕まえられたら一番いいけどさ」

「できなくはないと思うんだけど……でもそんなことしてたらきりがないだろうし、そういう問題じゃないんだ」

「?」

瀬田はその書き込み自体が原因で落ち込んだわけではなかった。確かにショックではあったが、犯人の予想はつくし腹いせにやったことだとわかれば怖くもない。

「夏目くんのせいでも軽音部のせいでもない。昔のことが原因なんだ」

「昔?」

子役をやってる当時は、瀬田はとにかく目立っていた。小学校で瀬田を知らない生徒はいなかったし、近隣の他校にも名前が知られているくらいだ。しかしそれは勿論良いことばかりではなく、周りには瀬田のことが嫌いな人間もいた。
自分の知らないところで、話したこともない相手から身に覚えもないような悪口を言われる。それが自然と耳にはいるようになり、瀬田はいつしか他人からの視線が堪えられなくなっていた。

「小学生の時、俺結構周りから嫌われてて、こんな性格だからイラつかれてたんだろうけど、悪口言われることが多くて」

一番つらかったのは親のことまで言われ始めたことだ。それまで我慢できたのは自分だけの問題だったからだ。自分のせいで親が悪く言われるのだけは耐えられなかった。元々限界が近かったのもあり、瀬田は親に頭を下げて子役をやめさせてもらった。

「だから……その時の事を思い出すことが多くなって。それで、ちょっと落ち込んでた」

真結美から書き込みの事をおしえられた時から、昔のことがフラッシュバックしてきた。そしてこの学校で友達がいなくなった時のことも。自分が目立てば目立つほど、そこに影が落ちるのだと瀬田は思い知らされた。

「目立つようなことをすると、絶対に傷つくんだ。俺、メンタル弱いから。そんなの気にしないようにできたらいいんだけど、性格的に無理でさ」

出る杭は打たれる。そんな言葉がある。しかし瀬田は自分が打たれるのは出る価値がない人間だからだと思っていた。親のおかげで運良く子役として脚光を浴びた。けれど、自分は本当はそんな器ではない。これといった取り柄もなく、自分で誇れるものは何もない。瀬田柊二という人間が表舞台に立つほど、その事が明るみに出るのが怖かった。

「劇をやるのは楽しいから、誘ってくれたのは感謝してる。これは本当だよ。でもきっと、舞台に立つような事をするのはこれきりだと思う。だからこそ、成功させたいし途中でなんか絶対やめたくない」

瀬田がここまで自分の事を話したのは、夏目が初めてだった。弘也や孝太には話せないことという訳ではないが、夏目正路という男は年下なのに、まるで先輩のような風格があってとても話しやすかったのだ。
現に夏目は瀬田の話を最後まで頷きながら真剣に聞いてくれた。

「柊二、話してくれてありがとう。事情はわかったから、もう無闇に心配したりしない。柊二は自分が思ってるよりずっと強いと思うし。ただ、本当に困ったことがあったら、何でも力になるから俺に相談してくれよ」

それだけ言って、何も詮索してこない夏目に瀬田は安堵した。自分の惨めな過去をこれ以上話すことはできなかった。心配してくれるのは嬉しいが、何もかもさらけ出せば余計につらくなる。そもそも夏目相手だから、ここまで話すことができたのだ。

「わかった。迷惑かけるかもしれないけど、これからもよろしく」

夏目は笑って頷くと、すぐに話題を間近に迫った劇の事に移した。彼に話を聞いてもらえただけで、瀬田の心は幾分か晴れやかだった。


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