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日がな一日
002


私立四季山高校。都心から少し離れた場所にあるその全寮制の高校は、偏差値の高い超有名進学校である。
セレブの通う学校としても有名で、美しい外観の綺麗な校舎にそれに見合ったレベルの高い教育、県外からもたくさんの入学希望者が集まり、この学校の制服を着ることはステータスの一つになっていた。


四季山の生徒、瀬田柊二は昼休みに広い学内の食堂で一人カキフライを食べていた。
この学校は食堂のレベルも高く、さまざまな種類の美味しい料理を毎日低価格で食べることができる。おかげで寮に住んでいても食事に困らず、むしろ食事は瀬田のささやかな楽しみの一つだった。
食堂内は騒がしかったが、すぐ近くのテーブルから言い争う声が聞こえて箸が止まる。こっそり盗み見ると見知った顔の二人が人目も憚らず睨みあっていた。

「なんだよ、その顔。喧嘩売ってんのか」

人目のある場所で見境なく本気でキレている水色シャツの色黒男は、同じクラスの萩岡孝太だ。日常茶飯事、とまではいかないが萩岡がキレている事自体はそう珍しくない。
問題は相手がつい何日か前に新しく来たばかりの編入生、杵島(きしま)弘也だということだ。

杵島が二学期の始めにクラスの一員として紹介された時は、この時期に転入とはいったいどんな理由があるのかと生徒達は様々な憶測をたてていたらしい。が、話し相手のいない瀬田にはよくわからない。
席はわりと近かったが瀬田が気軽に話しかけられるはずもなく。今となっては杵島はただの転入生というだけで、興味も失いつつあった。

「態度悪いのはそっちだろーが。変な言いがかりつけやがって、ウザいんだよ」

「あ?」

転入生、杵島の思わぬ反撃に萩岡と周囲の人間、そして勿論瀬田も心臓が縮み上がる程驚いていた。杵島は転入してきたから知らないのだろうが、この学校で萩岡孝太にあんな態度をとれる一般生徒はいない。

「やったのがお前だってことはわかってんだ。さっさと返せこのクズ」

「自己管理ができてないのを人のせいにしてんじゃねぇよバカ」

止まらない酷い言葉の応酬に、関係ないはずの瀬田が身悶えしてしまう。転入生がここまで強気で命知らずな男だとは思わなかった。
この学校の事情を知らなくても、萩岡の支配者オーラに初対面で逆らえる者はいない。恵まれた体型と迫力のある整った顔立ちに、反抗してはいけない相手だと普通の人間ならすぐに察知できる。

「あの時最後まで残ってたのはお前だけだろ。てめー以外誰が盗めたっていうんだよ」

「だから何で俺があんたの鍵盗らなくちゃなんねーわけ。意味わかんねぇから」

話を聞いているとどうやら萩岡のロッカーの鍵がなくなり、それを杵島のせいだと疑っているらしい。体育の授業の前、最後まで教室に残っていたのが杵島で、盗めるチャンスがその時しかなかったからというのが理由だ。

もしそれが本当なら萩岡が怒るのもわかるが、なぜ転校したばかりの杵島が萩岡の鍵を盗まなければならないのか。誰が聞いてもただの言いがかりだ。
周囲の生徒達もそれはわかっているのだろうが、誰一人として止めようとも目を合わせようともしない。萩岡の機嫌を損ねないことが、この場合の正しい選択なのだ。


「ヤバい、萩岡超怒ってる。誰か止めてやれよ。転校生カワイソー」

「俺じゃなくて良かった…。あいつと同じクラスだったら死ぬわ」

「萩岡くん怒ってても格好いい〜〜。こんな間近で声聞けるなんてラッキー」

「てかあの地味な男なに? 萩岡くん相手に何であんなに偉そうなの?」

近くでこそこそと話す生徒質の声が聞こえる。男子と女子では反応が180度違うが、どちらも傍観者でいることには変わりない。萩岡の友達も止める気はないのかニヤニヤと笑いながら言い争う二人を見ている。

こうなってしまっては転入生は確実に目をつけられるだろう。萩岡に逆らって楽しい学校生活を送れるはずがない。どんなに理不尽でもそれがこの学校のルールなのだ。

それがわかっているからこそ、瀬田柊二は昼食を食べ終わると争う二人に近づいていった。


「今すぐ頭下げて鍵返すってんなら多目に見てやる。早く出せ」

「だから俺はやってない! ないもん出せるわけねーだろ」

「テメーどこまでしらばっくれるつもり──」

「萩岡くん」

突然やってきた瀬田が名前を呼ぶと、萩岡の顔がさらに険しくなった。瀬田はその表情にも臆することなく二人の間に割って入った。

「知らないって言ってるんだから、もうやめなよ。そうやって決めつけるのはよくない」

「はあ? 誰かと思ったら瀬田かよ。いつの間にこいつと仲良くなったわけ? てかお前が俺に反抗するとか意味わかんねぇ」

案の定キレた萩岡は瀬田の胸ぐらを無遠慮に掴み上げて揺さぶる。その怒りは杵島に対するものとは比べ物にならない程激しい。

今にも殴られそうで恐かったが、言ってしまった事は取り消せないと瀬田はひたすら我慢した。

「杵島くんがやったっていう証拠はないんだろ」

「だからこいつ以外盗れる奴はいなかったんだよ。つか俺の物を盗むような命知らず他にいねーだろ。それとも何か、まさかお前がやったのか?」

「やってない。そんなことしない」

「だったら邪魔すんな。黙って見てろよこの──」

「孝太」

頭に血がのぼった萩岡の名前を一人の男が背後から呼ぶ。水色のシャツを着たその男は一見すると萩岡とよく似ていたが、彼よりもさらに身長が高く真面目そうな容姿の青年だった。

「何だよ、椿」

「ここをどこだと思ってるんだ。子供みたいに喧嘩するのはやめろ」

「……別に喧嘩なんかしてねぇし」

椿と呼ばれた男に諌められて、萩岡は瀬田から手を離した。彼は短気だが馬鹿ではない。瀬田への怒りが消えたわけではないが、ここでこれ以上事を大きくすれば目の前の男の言葉を認めることになってしまう。

悪態をつきながらもその場を離れる萩岡にほっと息をつく。この場は命拾いしたが、同じクラスである以上教室に戻ればまた顔をあわせることになる。それを思うと気が重かった。

「孝太がごめんな。騒がせて悪かった」

謝る椿に何と返せばいいのかわからず、無言で頷く。椿の綺麗な顔を見ると冷静な思考が働かなくなってしまう。彼とこれ以上話すわけにはいかない。瀬田は椿に頭を下げその場からすぐに逃げ出した。


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