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日がな一日
003


次の日から、さっそく瀬田と杵島は生徒会役員を懐柔するための作戦を立てることにした。けれど杵島がやったことといえば、相変わらず役員達の情報を集めることだった。

「やっぱ別格にすごいのは椿家と立脇家だな。珍しい家名だから簡単に調べられたぜ」

廊下を歩く杵島は携帯を片手に役員達の家柄を調べていた。このセレブ学校には結構有名人の子供や孫がゴロゴロしていたりする。

「そんなの、調べて意味あるの…?」

「バカ野郎。やり過ぎても大丈夫な奴とそうじゃない奴を見極める必要があるだろ」

杵島はいったい何をやりすぎるつもりなのか。おっかない友人の物騒な言葉に瀬田は自分が巻き込まれない事を願うしかなかった。

「萩岡んとこはそーでもねぇな。椿君の従兄弟ってわりに。これくらいならなんとかなりそう」

「何をなんとかするんだよ、恐いよ」

「副会長と中村のとこはよくわかんないな…。夏目は限りなく庶民派みてぇだけど」

「そんなのどうやって調べてるの?」

「ネット使って。夏目って珍しい名字だから、そんなに有名じゃなくても出てきたぜ」

「えー、俺の小学生の時の友達にも夏目っていたけど。名前だけじゃわかんなくない?」

交遊関係の少ない瀬田は他の生徒の家柄などまったく知らない。有名どころの椿と立脇ぐらいしかそういった話を聞いたことがなかった。

「まあ、どうあれ攻めるならまず夏目正路のところだろ。瀬田が一番仲良くしてる相手だし」

「だから俺、別に夏目くんと仲良くないんだって。夏目くんみんなにあんな感じなんだから」

「それでもいいから、話しつけやすそうなところから始めようぜ。よし、今から1年のクラス行くぞ」

「えっ、これから!?」

「当たり前だろ」

「えええ…」

たいした策もないままで1年の教室に向かう杵島。その背中を見て不安に思いつつも瀬田は彼の後を追った。



「ところで夏目って何組なの?」

1年のクラスの前まで来て、杵島が瀬田に尋ねた。瀬田はしばらく考え込んだ後、困ったように力なく微笑んだ。

「知らない」

「何で知らねーんだよ」

「だってクラスになんか行かないし」

「生徒会ファンクラブなら知っとけよ!」

「だって夏目くんは最近入ったばっかりなんだよ? 前におしえてくれた気もするけど、思い出せないなぁ…」

「こんなとこで何やってるんですか、瀬田先輩」

廊下で言い争っていると、後ろから仁王立ちの女子に声をかけられた。相手が誰かわかると瀬田はすぐに杵島の後ろに隠れた。

「な、中村さん!」

「おはようございます。目立ってますよ、お二方」

苦手な真結美に見つかった事で瀬田は1年の教室に来たことを早くも後悔し始めていた。また椿の事でチクチク攻撃されるのは嫌だ。

「おお、ちょうどいいところに。夏目正路が何組なのか、おしえてほしいんだけど」

ビビってしまった瀬田の代わりに杵島が真結美に話しかける。真結美は杵島を一瞥もすることなく、瀬田を睨みつけたまま答えた。

「夏目なら1組です。瀬田先輩、夏目に何か用事ですか」

「サンキュー。ほら、行くぞ瀬田」

真結美が苦手な瀬田のために杵島はすぐに立ち去ろうとしたが、瀬田は動かなかった。瀬田は真結美が持っていた出席簿をじっと見つめていた。

「…その出席簿、どうしたの?」

「は? いやこれは、数学の先生の忘れ物ですけど。まゆは日直なので職員室に届けに行くところなんです」

何故わざわざそんな事を訊くのかと、杵島と真結美の顔がそう言っていた。瀬田は少し考え込んでから彼女からそっと出席簿を取った。

「これは俺が持ってくよ。俺も今日、日直でさ。ちょうど職員室に用事があるから」

「え、でも」

「ついでだから気にしないで。じゃあ」

「あ、ちょっと…! そんなことされたって、まゆお礼なんか言いませんからねー!」

半ば無理矢理取り上げた出席簿を持って瀬田は逃げるように歩き始める。杵島は慌てて瀬田の後を追った。

「おい、どうしたんだよ。お前職員室になんか行かないだろ」

「別に、出席簿返しに行くくらい代わりにやったっていいじゃん」

「……?」

苦手と言っていた真結美のためにわざわざ使いっぱを名乗り出るのはおかしい。瀬田の不可解な行動が杵島はどうしても理解できないようだった。

「俺を生徒会にねじ込むためのポイント稼ぎ、じゃないだろ。隠さずにちゃんと理由を言えよ」

「……別に、隠してなんかない。うちの数学の先生って1年も担当してるんだけど、あの先生って、好みの生徒に目をつけてセクハラまがいの事するって有名だから、女子からはかなり煙たがられてて」

「あー…」

「中村さんがどう思ってるかは知らないけど、もし標的になってたら嫌な思いするだろうから」

「…それで、お前が代わりに行こうって?」

「だって、出席簿忘れるなんて有り得ない。うちの先生に限って」

あの数学教師はセクハラすれすれの発言は多いが、授業面ではいたって真面目で正確無比。彼だけでなくこの学校の教師は全員、うっかりやケアレスミスがないのだ。

「お前ってさぁ、すげー優しいよな。特に女には。苦手なくせに」

「これくらいみんなやるでしょ」

「やらない。てか俺は出席簿を持ってることすら気づかなかった」

女子に対する気遣いなど、高校生男子には通常ほとんどない。好きでもない相手なら尚更、好きな相手にも気恥ずかしくて行動を起こせる男など一握りだろう。

「やっぱお前って、男が好きなのかもな」

「えっ!?」

「今日黒板消すのだって全部瀬田がやってたじゃん。制服汚れるだのなんだのいって、女子には何もやらせねーの。あんな気づかい、女子意識しまくりの高校生男子には普通できねぇって」

「いや、あれは気づかいとかじゃなくて、率先してやらないと、俺…」

「ん? なに?」

「…いや、何でもない。早く行こう」

女子に対して特別優しくしてる自覚などなかった瀬田は、杵島の言葉には驚いた。
確かに杵島の言う通り、瀬田は女子相手に緊張することも意識することもない。美形の相手には男女問わずドギマギしてしまうわけだが、椿といる時ほど緊張はしない。彼の事を考えるだけで今も胸が苦しくて胸が熱くなる。どれだけ椿を忘れようと努力しても、いまだに彼を好きな気持ちは変わらないのだ。
瀬田はそれ以上何も考えないように無理矢理話題を打ち切り、杵島を連れ1組へと向かった。


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