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日がな一日
亀裂


人生初の恋、人生初の告白、そして人生初の失恋。
男には負けないというブライドで生きてきた田中ゆり子に、それは初めての挫折として重くのし掛かった。

瀬田に片想いして約一年。最近になってようやく彼は同姓愛者ではないとわかり、このままではギャルの幼馴染を恋人にしてしまうと恐れたゆり子は、親友の立脇詩音の後押しもありようやく告白する決心がついた。
一度目は言うこともできずに失敗。そして二度目は舞台の上で輝く瀬田を見て、衝動的に告白してしまった。その結果ゆり子は泣きながら近くで待っていた詩音に泣きつくはめになったのだった。


「ゆり子ちゃん、泣かないで。大丈夫だから」

泣き顔を誰かに見られてはいけないと、詩音は誰もいないであろう生徒会室にゆり子を連れてきた。パイプ椅子に座らせてハンドタオルとティッシュペーパーを手渡す。ゆり子はそれを素直に受けとると、眼鏡をはずし声を殺すように泣き続けた。瀬田への一途な思いを知っていただけに詩音は胸が痛かった。

「……駄目だった。瀬田くん、他に好きな人がいるみたい」

「ええ? 誰?」

「知らない。はぁ、勢いに任せて告白したりするんじゃなかった……」

ようやく落ち着いてきたゆり子が小さく呟く。同じく隣に座る詩音は告白を急かしてしまった自分にも責任があると謝ろうとしたが、それを察したゆり子が首を振る。

「ごめん、そうじゃなくて。こんな顔じゃ午後からの業務に差し支えるじゃない。文化祭が終わってから言うべきだったと、思って」

「生徒会の仕事なんかいいよ。このまま休みなよ」

「さすがに今日はダメでしょ……大丈夫、ちゃんと、やれるから」

たかが失恋、そんなものに心を乱されるなんて自分らしくない。ゆり子は再び眼鏡をかけて、もう泣くまいと心を強く保とうとした。

「ゆり子ちゃんの告白断るなんて柊二くんは馬鹿だよ…。礼人くんのことはもう諦めたんじゃなかったの?」

「わからない、椿くんじゃなくて、違う人かもしれないし。……あの派手な幼馴染みとか」

「いやいや、あれはないって。絶対ない」

「でも、私よりずっと積極的で素直そうだったし……」

「いや、詩音の言う通りあれはねーわ」

突然割り込んできた声にゆり子と詩音が振り向く。そこには笑顔の孝太が立っていた。

「孝太くん!? ……いつからそこに」

「ついさっき。お前らが泣くのに忙しそうだったから、そっとしといてやったんだよ」

「……」

「そんな目で見るなよ、中学生じゃないんだから茶化したりしねぇし」

「盗み聞きしてたの? 悪いけど私に話しかけないで」

この男にだけは知られたくなかったと、ゆり子は孝太を睨み付けた。きっと馬鹿にされるだろうと思ったが孝太はため息をついて椅子に座った。

「聞きたくて聞いたんじゃねぇよ。それに、あいつにフラれてんのは俺も同じだし」

「……はあ? あんたアレ本気だったわけ?」

「俺はお前よりずっと瀬田と一緒にいたんだよ。お前より本気だっつうの」

「ああそう。その割りにはずっと瀬田くんに冷たかったみたいだけど。……いや、こんな話どうでもいいわ。萩岡と慰めあったりする気ないから。さっさとどっか行ってくんない?」

あくまで拒絶を示すゆり子の態度に孝太はカチンときたが、いつものように喧嘩腰に怒鳴ったりはしなかった。告白を盗み見てしまった負い目なのかはわからないが、瀬田の言葉を自分だけで抱えてるのが嫌だった。

「それに私はダメ元で告白したの。断られるのなんかわかってたから、慰めも同情もいらない」

「…? 何でダメ元なんだよ。あいつは…」

「前に告白しようとしたとき、遠回しに断られたのっ」

「遠回し?」

「そう! あの幼馴染が来た次の日、瀬田くんを呼び出したけど、文化祭が終わるまで待って欲しいって言われて…」

「はあ? 何だそりゃ」

「私だって何でって思ったけど、告白されるって気づいて遠回しに断ってたんでしょう。それなのにしつこく告白なんかした私が馬鹿だっただけ」

「……」

ゆり子の話を聞いて、孝太は何かおかしいと思った。孝太の知る瀬田は自分への好意には気づかない鈍い男だ。相手が男嫌いで有名な美少女のゆり子なら尚更そんな風に考えたりしないだろう。しかもそれを遠回しに断るなどますます瀬田らしくない。

「本当にそんなことアイツが言ったのか? 具体的には何て言われたんだよ」

「具体的って、本人に直接言われたんじゃないからわかんないよ」

「ああ? じゃ誰が言ったわけ」

「夏目くん」

ゆり子の言葉に孝太は言葉を失う。それはついさっき瀬田の口から聞いたばかりの名前だ。

「今は劇のことしか考えられないから、文化祭まで待って欲しいって言ってたって夏目くんが伝えに来たの」

「夏目……あいつが……」

「そうだけど、それが何?」

夏目を通じて拒否されたゆり子はショックのあまりその日は早退してしまった。自分は告白もさせてもらえないのかと今以上に泣いていたが、詩音に慰められて何とか立ち直ったのだ。まだハッキリとフラれたわけではない。可能性は低くとも瀬田にはちゃんと告白しようと決めたのだ。

あきらかに動揺して黙り込んでしまう孝太に、ゆり子は異変を感じて詩音に目配せする。だが詩音も訳がわからず肩をすくめるだけだった。

「何で夏目が、わざわざお前に言いに来るんだ? 同じクラスでもねぇのに」

「知らないよ、そんなの。私が瀬田くん呼び出したとき、たまたま一緒にいたからじゃないの」

「てことは、夏目はお前が瀬田に告るつもりだって知ってたってことか?」

「さあ、でもバレてたんでしょう。私が男子を個人的に呼び出すなんてありえないし。何でそんなに夏目くんを気にするわけ?」

「夏目が瀬田の好きな相手だからだよ」

「……??」

孝太の言葉にゆり子は一瞬耳を疑う。しかし相手はふざけているわけでも嘘をいっているわけでもなさそうだった。

「それ本当?」

「本人から聞いたんだから間違いない」

「付き合ってるの?」

「いいや。もし付き合ってたらあの幼馴染みのギャルにあんなことは言わねぇだろ。少なくとも、お前が初めて呼び出したときはあいつらは何もなかったはずだ」

「……つまり、孝太くんは正路くんが意図的にゆり子ちゃんの邪魔したんじゃないかって疑ってるんだよね」

話を聞いていた詩音が孝太の言いたいことを代弁する。孝太自身、考えすぎかもしれないとは思っていたが、ゆり子から聞く瀬田の行動には納得がいかなかった。

「夏目くんが? まさか、そんなことして何の意味があるの」

「あいつも瀬田を好きってことだろ。瀬田に近づくために演劇部に誘って、お前の妨害もしてたかもしれねぇ」

「私の妨害って。そんな回りくどいことする? 私なんかたいして瀬田くんに話しかけてもいないし、そういうことするタイプじゃないでしょう、彼は」

夏目は馴れ馴れしいのがたまに傷だが、仕事はきちんとこなしていつも堂々としている。裏表がないのが彼のいいところだとゆり子は思っていた。

「あのなぁ、お前らは知らねぇだろうけど瀬田はかなりのミーハーなんだよ。んでもって自分に自信はない。田中は性格はアレだけど、その面とスタイルはあいつの好みだ。現にお前に話しかけられるたびに喜んでたしな」

ゆり子だけでなく詩音でも孝太でもそれは同じだが。美人相手には男だろうが女だろうが目をキラキラさせて、まるで恋でもしているようだった。

「だから田中に告白なんかされたらまず断らないし、自分を好きかもなんて思うこともあり得ない。そんな自信満々なやつだったら自分からもっと話しかけてるよ」

「……確かに、瀬田くん私から告白されてびっくりしてた。あれは演技には、見えなかったかも……」

瀬田に迷惑だとは思われていなかったと知り、ゆり子は安堵する。しかし孝太の言う通りだとしても、すでにフラれてしまった自分には何もできないと思った。

「だったら、弘也くんにこっそり話を聞いてみたらいいんじゃない」

詩音の提案に孝太とゆり子が困惑して顔を見合わせる。当の本人はナイスアイディアだと顔を綻ばせていた。

「だってこのままじゃもやもやするし、柊二くん本人を問い詰めるのはまずいでしょう。でも弘也くんなら柊二くんの親友だし、何か知ってるんじゃない」

「そうかもしれないけど、今さらそんなの知ったって。諦め悪い女みたいで嫌なんだけど」

「だったら私が聞く」

「俺も聞くぜ。あいつからなら話聞けると思うしな」

悔しいことだが杵島弘也は瀬田にとっていま一番信頼している相手だ。あの男ならば何かしらの情報を持っているかもしれない。それに弘也相手ならばすべてを吐かせた上で、こちら側に引き込む自信もあった。

「な、なら私もきく。詩音達だけにやらせるわけにはいかないし」

フラれた後にすっぱり諦めずしつこくつきまとうのはゆり子のポリシーに反することだったが、真実を知りたい気持ちはあった。こうしてゆり子と詩音、孝太は一時的に手を組み、瀬田の親友である弘也を呼び出すことに決めた。


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あきゅろす。
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