日がな一日
004
瀬田は自分の部屋に戻ると即刻弘也に電話をかけた。すぐに来てくれと半分泣きながら頼み込むと、弘也は本当に部屋まで来てくれた。コッペパンをくわえながら瀬田を恨みがましい目で睨み付けていたが。
「てめえ、昼飯食う時間削って来てやってんだからくだらない用事だったら許さねぇぞ」
「弘也、来てくれてありがとう。入って入って」
「何っだよ、ピンピンしてんじゃねぇか」
部屋に招き入れた弘也はイライラを隠そうともしなかったが自分のインコを見た途端だらしなく破顔した。
「マリ〜、いい子にしてたか〜? 瀬田にいじめられてないか〜?」
「いじめてないから! それよりきいてくれよ」
瀬田はこれまでの経緯を弘也に説明した。今日あった事だけでなく、今までずっと黙っていた夏目に告白された経緯から事細かに話した。弘也はインコと見つめあったまま話を聞いていたが夏目に告白されたくだりで目を見開き、写真が見つかったところで頭を抱えた。
「……っていう事なんだけど、これ俺スルーして告白してもいいと思う?」
「いいわけねぇだろ」
「だ、だよね」
不味いものでも口にしたかのような弘也の顔。瀬田はいたたまれなくなって視線をそらした。
「つかまず、何で初めに夏目が告白してきたとき俺に言わねーんだよ」
「え、それは、だって」
「夏目なんか敵リストに入ってないんだから何の情報も持ってないんだぞ。お前にそんなことしてたってわかってたら前もって調べ尽くしてたのに」
「い、いや…そこまでする必要はないけども」
瀬田専用のガードマンになりはてている弘也に苦笑する。しかし弘也は本気で言っているようだった。
「あるね。お前はろくでもない男を引き寄せる体質なんだよ。夏目の奴だって、普段は部屋いっぱいにお前の写真飾って興奮してるかもしんねぇじゃん」
「何で夏目くんをストーカーみたいに言う……」
「じゃあなんでお前の隠し撮り写真がアイツの部屋にあったんだよ」
「……」
それがわからないから弘也に相談した。彼からなら的確なアドバイスがもらえると思ったのだ。
「実は密かにお前をストーカーしていた危ない奴から、夏目が写真を没収したって可能性もあるけどな」
「それだ」
しっくりくる理由を言われて瀬田はにっこり微笑んだ。それなら十分納得のいく答えだ。
「何で俺気づかなかったんだろ。夏目くんに直接聞いて謝ろう」
「待てやコラ」
意気揚々と立ち上がる瀬田の腕を掴む弘也。座れと手で合図され渋々従った。
「最悪のパターンを考えて行動しろよ。写真の事持ち出した途端ナイフで刺されたらどーすんだ」
「いやいや、夏目くんそんなことしないから」
「わかんねーだろ。お前アイツの事どこまで知ってんだよ」
弘也に訊ねられて、瀬田は夏目の事をそれ程知らないことに気がついた。たくさん会話をしたのに、夏目の過去についてはまったく知らない。いま思えばそういった質問はうまくはぐらかされていた気がする。
「だいたい夏目っていつ瀬田の事好きになったんだ? お前いじめられっ子だし面食いだし、何より男じゃん」
「それは俺のがききたいよ」
「昔からのストーカーだとしたら接点ないとおかしいだろ。まあお前昔テレビ出てたからなくはないけど、あのドラマやってたのって小学生くらいだったよな? そんなガキの時に同じ年頃の子役に熱あげてストーカーになるとかキモいじゃん」
「……」
「瀬田と夏目って地元近いんだっけ? 昔どっかで会ってんじゃねぇの」
「えー、あんなイケメンと会ってたら絶対覚えてるけど」
「……まずお前がキモいってこと忘れてたわ」
「え!?」
弘也の引いた視線がつらい。瀬田は頑張って夏目の事を思い出そうとしたが何も思いあたらなかった。
「でも瀬田、確か前に夏目って名前の友達がいたって言ってなかったか? もしかしてそいつじゃねぇの」
「よくそんなこと覚えてたね。でも見た目も声も全然違うから、別人だよ」
「そんなの成長したらある程度変わるだろ。そいつって同学年なわけ?」
「……いや、確か年下だった」
「名前は?」
「名前……なんだったかな。夏目って名字しか覚えてない……。塾で、3ヶ月くらいしか一緒にいなかったから」
小学生の時、塾で仲の良かった夏目という少年。小太りで眼鏡をかけていた彼は大人しくていつも俯きがちだったが、瀬田が話しかけると笑顔で答えてくれた。瀬田は小学校卒業と共に塾をやめ、すぐに会えなくなったので、向こうが友達だと思ってくれていたかどうか自信が持てないくらいの浅い付き合いではあった。しかし当時クラスメートからの風当たりがきつかった瀬田にとっては、数少ない友達だった。
「あの夏目くんは背が低かったし丸々してたし、夏目くんとは全然……」
「だから体型とかいくらでも変わるだろって。何か共通点みたいなのないのかよ」
「……」
二人の夏目に共通点などない。外見だけでなく、性格もまるで違う。塾で一緒だった夏目は大人しく引っ込み思案で、後から聞いた噂だが学校ではいじめられてたらしい。そのせいなのか、誰かに触られるのをとても嫌がっていた。
「あ、あーーっ!」
「なんだよ」
二人の夏目の共通点を見つけた。そしてそれに気づいた途端、二人の姿が重なった。
「……弘也、もしかしたら、あの子は夏目くんだったのかもしれない」
「マジか。やっぱ俺の言った通りじゃん」
まだ確信があるわけではない。ただ、夏目の触られるのを嫌がる素振りはまさしくあの幼い夏目と同じだった。今なら二人が同一人物だと言われても納得する。あそこまで性格が変わっているのは驚きだが、良い方に変わっているのだからいいことだ。
「つまり夏目くんは、俺の幼馴染かもしれないってことか……。こんなところで再会するとか運命的だよな」
「偶然なわけねーだろマヌケ。本題忘れてんなよ。これであいつかお前のストーカーだって可能性が高まったってことだろ」
「そんな、まさか」
もしかしてという疑惑はあっても、夏目に限ってあり得ないと瀬田は思っていた。ストーカー被害を受けた覚えがないのも理由の一つだろう。
「ならもう、あの写真については本人に聞くしかないな。俺的には、あいつと付き合うのはやめた方がいいと思うけど」
弘也に否定され瀬田はひどく落ち込む。彼に駄目だと言われると、本当にそうした方が良いような気がしてくるから不思議だ。
まず夏目に聞いて納得いく答えが帰ってくればきっと弘也も認めてくれる。瀬田はそのためにも早く彼に、昔自分と仲良くしてくれた相手かもしれない夏目に話を聞かなければならないと思った。
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