日がな一日
003
瀬田は部屋に戻り一人ベッドで横になっていたが、色んなことがありすぎてとても眠る気にはなれなかった。相変わらず身体は気だるかったが、保健室にいた時と比べるとかなり落ち着いている。
ゆり子に告白されたことだけでも衝撃的なのに、孝太にも本気で迫られてそれを断った。孝太に逆らうなんて瀬田にしてはかなり冒険をしてしまったが、そのおかげで自分の本当の気持ちに気づけた。
夏目には文化祭まで返事を待つと言われていたが、瀬田は夏目に何か言われる前に自分から告白しようと思っていた。彼に話す前に孝太に知られてしまったのだ。普段から夏目を目の敵にしている孝太が彼に何か言うかもしれない。その前に自分の口から思いを伝えたかった。
そしてそのチャンスは思いの外早くやって来た。扉を叩く音と、外から瀬田を呼ぶ夏目の声が聞こえた。
「柊二〜、昼飯買ってきたから開けてくれー」
ドアを開けようとして、瀬田はあることに気づき立ち止まる。二人部屋とはいえ、一般生徒用の部屋はワンルームだ。扉を豪快に開ければ、部屋全体が一望できる。今は椿や嵐志のポスターは片付けているのでそちらは問題ないが、一つだけ夏目に見られてはいけないものがあった。
それはベッドの横でスペースを占領しているカゴの主、弘也のセキセイインコである。ペット禁止の寮にあってはならないものだ。正直夏目ならばバレても問題ないとは思うが、それを決めていいのは瀬田ではなく弘也だ。それに勝手に夏目を共犯にするのも嫌だった。不可抗力で知られてしまうならまだしも、知られない努力はするべきだろう。
しかしわざわざ来てくれた夏目を無視するわけにもいかず、瀬田は扉を小さく開けた。
「…大丈夫か?」
「うん、来てくれてありがとう」
「これ、何なら食べられるかわからなくて、サンドイッチ買ってきたんだけど…開けてくれないか?」
「……」
この流れだと瀬田の部屋で一緒にご飯を食べることになる。少し迷って、瀬田は夏目に提案した。
「今日は、夏目くんの部屋に行っちゃ駄目かな」
「俺の? いやでも、俺んとこは散らかってて柊二を呼べる状態じゃ……」
「いいから! そんなの気にしないし。俺の部屋は、今日はちょっと駄目なんだ。だから……」
瀬田の言葉に夏目は眉間に皺を寄せる。しかし空気を読みまくったらしい彼は渋々頷いた。
「……わかったよ。ちょっと片付けてくるから、また呼びにくるまで部屋で寝ててくれ」
「ごめん、ありがとう」
言葉を濁す瀬田に夏目は何かを察していただろうが、それ以上追及したりしなかった。空気を読むという彼の力に助けられ、瀬田はほっと息を吐いた。
夏目の片付けが終わるまで瀬田は部屋でおとなしく待っていた。これから告白するのだと思うと妙にそわそわして、夏目の顔を思い出すたび顔が熱くなった。
片付けるというからもっと時間がかかるかと思ったが、10分もかからず夏目は戻ってきた。瀬田は部屋の中が見えないようにさっと出ると、笑顔で夏目についていった。
夏目の部屋がどこにあるかはわかっていたが、入るのは初めてだ。生徒会専用の個室なので夏目がここに来てそう日にちはたっていないはずだが、どれ程散らかっているのだろうか。
「どうぞ」
「お邪魔します」
10分足らずではあまり片付けられないだろうと思っていたが、夏目の部屋は綺麗だった。間取りは弘也の部屋と同じだが広く見えるのは物が少ないからだ。弘也のところもそれ程余計なものはなかったが、夏目の部屋はそれ以上にがらんとしていた。
生徒会の特別室にしかないキッチンには何もなかった。夏目は料理をしたりはしないらしい。ワンルームの相部屋からここに移ったから物が少ないのは当たり前なもしれないが、夏目には似合わない冷たい部屋にも思えた。
瀬田が通された畳の部屋にはきちんと家具が置いてあって、勉強机に本棚、そして中央には和室に似合った小さなちゃぶ台と座布団が並んでいる。本棚に収まりきらない本やらノートやらが積み上げられていて、生活感があるスペースに瀬田はなんだかほっとした。
「大丈夫か? そこに座っててくれ。しんどかったら横になっててもいいから」
「大丈夫」
「演劇部のみんなも心配してたぜ。あ、文化祭終わったら三年の送別会があるらしいんだけど、良かったら俺らも来てくれってさ。行くよな? 柊二」
「うん」
瀬田は大人しく座ると、弘也とは違う夏目の部屋を見回していた。本は殆ど教科書だったが、瀬田も読んだことがあるような漫画もあって、彼の学生らしいところが見えた。整理整頓されているように見えるが押し入れには実は物があふれかえってたりするのだろうか。
物珍しさにきょろきょろと辺りを観察していて、教科書が広げられたままの勉強机と本棚の隙間に数枚のプリントが落ちているのに気づいた。分かりにくいところにあって、大事なものだといけないので腕を伸ばして拾おうとした。しかしその中に二枚の写真が落ちているのに気づき、ついそれをつまんで拾い上げた。
「……」
それは瀬田の写真だった。だが最近の写真ではない。中学の時の学ランを来た、懐かしい昔の姿だ。しかしこんな写真を撮った覚えはない。遠目からで目線もあってない。明らかに隠し撮りされたものだ。
もう一枚の写真を見ると、そこに写っていたのも同じく瀬田だった。背景は海水浴場で、隠し撮りではなく一年の時まだ仲の良かった孝太とその友人達と遊びに行ったときのものだ。瀬田の携帯フォルダにも入っている。みな水着を着ていて瀬田の横には今よりも真っ黒に日焼けした孝太がいたはずだが、彼の顔はマジックか何かで黒く塗り潰されていた。
何でこんなものがここにあるのだろうか。その答えが見つかる前に夏目の足音が聞こえて思わず写真を元あったところに戻した。訳がわからない以上、今のは見なかったことにしたかった。夏目にこれは何かと訊ねれば納得のいく答えがもらえるかもしれないが、何もきかない方がいいと自分の中の何かが警告を発していた。
「柊二、パンだったらお茶よりコーヒーの方がいいよな?」
「はっ、はい!」
「? 何緊張してんの?」
「……」
戻ってきた夏目の質問に笑って誤魔化すも彼は怪訝な顔だ。先程から瀬田の様子がおかしいのは気づいているだろうが、夏目は笑顔を崩さなかった。
ここには夏目に告白するために来た。だが今のをこのまま何も見なかったふりをしてしまっていいのか。
「夏目くん」
「なに?」
「ごめん、やっぱり部屋に戻る」
「え?」
夏目に部屋を片付けさせておいて申し訳なかったが、瀬田は自分で判断することができなかった。もちろん夏目が好きじゃなくなったわけじゃない。ただ、ここはいったん落ち着いて誰かに、というか弘也に相談するべきだと思った。それに一度こんな落ち着かない気分で夏目と一緒にいれば、写真を見たことがバレるかもしれない。それだけは駄目だとこの時は思っていた。
「昼飯どうすんだよ」
「……自分の部屋で食べるよ。ごめん、せっかく買ってくれたのに。お金後で払うね」
足早に部屋を出ようとすると、夏目に手を掴まれる。それでも振り返ろうとしない瀬田に、夏目が口を開いた。
「何かあったのか、柊二」
「別に、何でもないよ」
「本当に?」
「……うん。心配かけてごめん。じゃあ、明日また」
夏目の顔を見るのが、彼がどんな表情をしているのか見ることができなくて、手が離れたと同時に部屋を出ていく。混乱したまま、夏目に悟られる前に瀬田は逃げ出したのだった。
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