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日がな一日
002


走ってきたのか、少し息をきらした田中ゆり子がそこに立っていた。てっきり生徒会のことだろうと思った瀬田は早退することを言おうとしたが、彼女の様子は少しおかしかった。

「田中さん?」

「…ごめん、今、ちょっと話しても、いい?」

「それはいいけど…」

いつもの高圧的な態度は跡形もなく、彼女は眼鏡で表情がわかりにくいのが幸いとばかりに俯いていた。少し赤くなっているようにも見えて、瀬田以上に体調が悪そうだ。

「私が言いたいことなんて、わかってるかもれないけど、返事聞かせてほしくて。文化祭が終わったらって言われてたのにごめんなさい。でももう劇も終わったし…」

ゆり子の言葉の意味がわからず、何と返せばいいのかわからない。頭が正常に働いていないせいだろうか。

「今の演劇、私見てたの。あんまりすごかったから感動して、それでつい、衝動的に瀬田くんを追いかけてきてしまったんだけど」

「? うん」

ゆり子は瀬田に賛辞を送るためにわざわざ走って来てくれたのだろうか。だとしたらとても嬉しい。にこやかに微笑みながら近づいていくと、ゆり子が手の平を出してストップをかけた。

「わ、わたし、瀬田くんが好きなの!」

「…え?」

「お付き合いさせてほしいっていう意味で、好きなんだけど」

「……ええええ??」

彼女の言葉が信じられなくてつい大きな声をあげてしまう。何かのドッキリかと思ったが真面目な彼女がそんなことをするだろうか。

「ほ、本気で? 本気で言ってるの?」

「当たり前じゃない。ってもしかして、気づいてなかったの…?」

「あ、当たり前だよ! だって、まさか田中さんが俺を……」

田中ゆり子は全校生徒の高嶺の花だ。椿礼人に釣り合うのは彼女だけともいわれていて、やっかみや嫉妬に晒されながらも強く生きてる女子だった。何より、彼女の男嫌いは有名だった。ホモだと蔑まれ、友達のいなかった自分を好いてくれる存在ではないはずだ。

「返事早く聞かせてほしいんだけど。心臓もたないから」

「……」

正直に言えば、とても嬉しかった。彼女ならばどんな相手でも自由に選ぶことができる。男なんてこの学校にはたくさんいるのだ。その中で、ゆり子は自分を好きになってくれた。理由はわからないが、訳もなく誰かを好きになったりはしないだろう。

ゆり子は女性で、婚約者もいない。椿の時のように、邪魔するものは何もない。美しいものが好きな瀬田にとって、彼女は申し分ない相手だった。

「田中さん、おれ……」









ゆり子が立ち去った後、瀬田はしばらく一人でその場に立ち尽くしていた。ゆり子と付き合うなんて想像したこともなかったが、少し前の自分なら断るなんてあり得なかっただろう。
しかし瀬田はそれほど悩むことなく、ごめんなさいと言って彼女を振っていた。
憧れの存在として見ていただけで彼女の内面をあまり知らないからか、それとも男嫌いだと言われているのが引っ掛かっていたのか。そのどちらでもないのを、瀬田はちゃんとわかっていた。

「バカなことをしてるのか、俺は…」

彼女に好きだと言われて、真っ先に思い浮かんだのは夏目の事だった。自分は夏目にも好きだと言われていて、その返事を保留にしている。彼と決着をつけないままゆり子と付き合うのは間違っている気がした。いやそれでも、断る必要まではなかったはずだ。


「瀬田」

声をかけられて、放心していた瀬田は前を見る。そこには小さく笑みを浮かべる孝太の姿があった。

「まさかあの男嫌いがお前に告白するなんてな。さすがにビックリしたわ」

「…孝ちゃん、今の聞いてたの?」

「お前に話があったから一人になるの待ってたら、あいつの方が先に話しかけたからな。別に立ち聞きしたかったわけじゃねえよ」

責めるつもりはなかったが、ゆり子とのことは誰にも知られたくなかった。孝太がペラペラ吹聴するとは思わないが、口止めしようとすれば怒りだしそうだ。

「何で断ったんだよ。性格悪くても顔は良い方じゃん、アイツ」

「……」

「田中が言う通り、他に好きな奴がいるって事か」

ゆり子に好きな人がいるのかと問われた時、瀬田は答えられなかった。何も言わないのがゆり子にとっては十分な答えだったらしく、それ以上問い詰められたりはしなかった。

「まさかお前、まだアイツのことが好きとか言うんじゃねぇだろうな」

「あいつ…?」

「椿のことに決まってんだろ」

「…好きじゃないよ」

瀬田はあまり迷うことなく言い切る。椿の事は単なる憧れで恋愛対象ではない。あっさりとした瀬田の返事に誤魔化されたと思ったのか、孝太の機嫌はさらに悪くなった。

「嘘つくな。怒ったりしねぇから本当のこと言えって」

「嘘じゃない」

「じゃあ何で俺と付き合わねぇんだよ」

「何で椿くんの事が好きじゃなかったら、孝ちゃんと付き合わなきゃならないの?」

体調不良でイライラしていたのか、瀬田は孝太に対しての恐怖も気遣いも忘れていた。当然孝太は瀬田の態度に怒りを見せる。

「瀬田ぁ、お前誰に向かってそんな口きいてんだ」

「……」

「椿じゃないってんなら誰だよ。詩音か? あの目障りな眼鏡か? まさかあの地元のギャルじゃねえだろうな」

「ち、違…」

ぐっと喉元を掴まれて、瀬田は息が止まる。孝太の顔は本気で、このまま絞め殺されたらどうしようかと恐怖した。

「お前は俺に押し倒されて、ろくに抵抗しなかっただろうが。俺にそういうことされても嫌じゃなかったってことだろ」

「う、あ…」

「違うのか? 嫌な奴に抱かれても無抵抗とか、ずいぶん物好きなんだな。いいか、お前は初めて会ったときから俺のもんなんだ。俺以外の奴になんか今さら渡せるわけねぇだろ」

いつも強気な孝太の様子が少しおかしい。言っている事は自分勝手なのに、孝太の方が今にも泣きそうな顔をしていた。

「お前だってわかってんだろ。…俺はお前を大事にしてやりたい。酷い言葉ももう言いたくない、優しくしてやりたい。なのになんでお前は俺のもんになってくれないんだよ。頼むから、もう他の奴なんか見るな」

受け止め方次第では熱烈な告白だった。でも瀬田にとって孝太はゆり子以上に一緒にはなれない相手だった。彼に一度捕まってしまったら、きっと逃げられないだろう。それに、今の瀬田には彼よりも大切な人がいた。

「俺は孝ちゃんと付き合うことはできない。……好きな人がいるんだ」

「だから、それは誰なんだっつってんだよ」

「夏目くん」

「はあ? 夏目?」

彼の名前を口に出して、瀬田の中でようやく納得がいった。自分はきっと、夏目の事が好きなのだ。同性で年下だが、彼はいつの間にか瀬田にとってなくてはならない人になっていた。

「な、何で夏目なんだよ。あいつはただの後輩だろ」

「孝ちゃんにはそうでも、俺にとっては違う」

夏目の告白を知らない孝太は、突然のことに驚きを隠せなかった。しかし他の恋敵のように強く否定することもできなかった。夏目は敬語も使えない生意気な後輩だったが、それ以外は完璧な男といってもいい男だったからだ。今まで気づかなかったが孝太にとって夏目は唯一、あいつはお前に相応しくないと言い切れない存在だった。

「…だから、俺にはもう触らないで欲しい」

瀬田は強く孝太を拒絶すると、逃げるように立ち去っていく。孝太はその後ろ姿を呆然と黙って見送るしかなかった。


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