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日がな一日
君への告白


どんなに温かい拍手をもらえても、この舞台は演劇部だけのものではない。劇が終われば、この日のために用意していた背景も小道具もすべて片付けなければならなず、部員達は早々に着替えて走り回っていた。
お昼休憩をはさむので余裕はあるが、二人がかりで運ぶような舞台装置もある。ゆっくりしていたら昼ご飯を食べる暇がなくなってしまうので、全員が急ピッチで片付け始めていた。
瀬田も手伝いたかったが、部長から部屋で休むように言い渡されてしまった。確かにあまり動き回れるような状態ではなかったので、頭を下げて部屋に帰らせてもらうことにした。

「柊二、肩貸そうか」

「ううん、大丈夫。一人で歩けるよ」

同じく部長に瀬田を部屋まで送り届けるように命じられた夏目が横を歩いてくれる。人混みの中体育館を出ようとしたが、近くにいた夏目の友達に見つかってしまった。

「なつー! 劇良かったよ〜!」

「わたしら最前列で見てたの! 気付いた?」

開演前に差し入れをしてくれた女子達だ。夏目は笑顔でお礼を言いつつ、瀬田を早くここから出そうとそわそわしているのがわかった。

「あっ、あの、これ…瀬田先輩にです! もらってくださいっ」

「え、あ、ありがとう」

けれど小さな花束を目の前に出されて、瀬田と夏目の足は完全に止まった。礼を言っておそるおそる受け取ると二人の笑顔がいっそう華やいだ。

「はいこれ、夏目にもあるよ」

「なんだそのついでみたいな言い方。でも嬉しいよ、ありがと」

「どういたしまして〜」

「この花どうしたんだ? いつの間に用意したんだよ」

「えへへ、わたしらここから出られないから、来てくれた親に買ってきてもらった」

「なんだ、どうりでセンスあるはずだよ」

「ちょっとそれどういう意味?」

瀬田は嬉しさのあまりしばらく放心していて、花束を見つめながら彼女達と夏目の談笑を黙って聞いていた。

「瀬田先輩!」

女子に名前を呼ばれ、瀬田は思わず居住まいを正す。彼女達は目をキラキラと輝かせながら瀬田を囲んで口々に話し始めた。

「先輩の演技、凄かったです!」

「途中から先輩だってこと忘れそうになるくらい、役にはまってました」

「もし次があれば絶対また観にきます!」

矢継ぎ早に褒められて瀬田は戸惑いながらもぺこぺこと頭を下げる。こんな風にほめられることは滅多にないので、照れて恐縮するばかりだった。

「もう一人の三年生もすごかったけど、瀬田先輩は部員でもないのに負けてなかったよね」

「そうそう、文化祭の劇って学芸会みたいなの想像してたけど、結構本格的だったし」

「特にあの最後らへんの斬り合うシーン迫力あった〜。瀬田先輩って運動神経いいんですね」

「いや、あそこは…」

「お前ら、褒めてくれんのは嬉しいけど、俺達生徒会の仕事も残ってるから時間ねぇんだよ」

夏目が代役でやってくれたと言おうとした言葉は彼によって遮られる。その言葉に女子達は残念そうにしながらも諦めて瀬田達に手を振った。

「先輩さよなら〜」

「夏目もまたね〜」

「ば、ばいばい」

「柊二、手なんか振らなくていいから」

夏目が困ったように瀬田の手を慌てて下ろさせる。何故だろうときょとんとしていると、彼は珍しくむくれた顔でぼそぼそと呟いた。

「そんな愛想よくして、あいつらが柊二のこと好きになっちゃったらどうすんだよ」

「えっ…なに言ってんの夏目くん。有り得ないよそんなの」

夏目ならともかくホモ疑惑まである自分を女子が好きになるわけがない。しかし夏目は真剣そのもので瀬田は冗談として笑い飛ばすこともできなかった。

「花まで用意してるし、すでに柊二のこと好きじゃねえか、あいつら」

「夏目くんのついでだろ。でも劇も楽しんでくれたみたいだから良かった」

色々あったがやって良かった。今では本気でそう思う。演劇部の皆にも喜んでもらえて、お客さんからたくさん拍手をもらえた。少し前まで周りから孤立していたことを思えばすごい成長だ。

「楽しかったよ。緊張したけど、役に入り込んでたから違う自分になれたみたいだった。自分がこんなに大勢の人の前に立てるなんて思わなかった。最後は夏目くんに助けてもらったけど…」

本音を言えば、あのシーンも自分がやりたかった。あそこのために何度も居残り練習をしたのだ。運動神経の鈍い自分ではあそこまでうまくできなかったかもしれない。それでも、不測の事態で代役をたてたことは、瀬田の中で悔いが残った。

「じゃあ、またやればいいじゃん」

「…え」

「柊二、やっぱりこういうの向いてるよ。練習中も本番も、すっげえ楽しそうだったもん。ピンチヒッターじゃなくて演劇部に入ればいい。生徒会よりも柊二にはあってるだろ」

夏目に優しい口調でそう言われ、一瞬で頭の中がいっぱいになった。あくまで代役としてしか考えてなかったので、自分が演劇部に入るなんて発想がなかった。弘也がいるのに生徒会はどうするんだとか、こんな中途半端な時期から入部なんかしていいのかとか、何より本当に自分は演技がしたいのか。それが一番疑問だった。

正直に言って、舞台の上に立つのは楽しい。唯一人から褒めてもらえる分野だし、自分じゃない誰かになれるのはいい気分だ。思えば昔子役をやっていた頃は、本気で名探偵になりきっていた。注目されることも嫌じゃなかった。

「俺も、やってみたいと思うよ。…でも、どうかな。今は弘也がいて夏目くんがいて、俺に好意的な人も増えてきて、結構幸せな方なんだ。だからあんまり変化があるようなことはしたくない。このままでいる方が、幸せなんじゃないかって思うから」

瀬田が原因ではないが、すでに軽音部からはよく思われていないだろう。瀬田が生徒会をやめれば喜ぶ生徒もいるだろうが、それと演劇部に入るかは別の話だ。他人の評価など気にならない性格になれたらどんなに楽か。そうすれば自分のやりたいことを何でも自由にできるだろう。またしても自己嫌悪に陥りそうになった時、夏目がなんでもないように言った。

「だったら、俺が柊二を守ってやるよ。俺の取り柄なんか顔が広いことぐらいだし。俺が瀬田のいいところを皆に広めたら、もう悪くなんか言われないだろ」

「……」

「っていうか絶対、俺が言わせねぇから」

人混みと喧騒の中、夏目の言葉はやけに瀬田の中に入ってきた。自分の事を知られれば知られるほど落胆させると思っていた。夏目だって、ここまで一緒にいれば瀬田柊二がどんなにつまらない男なのかわかっているだろう。それなのに、彼は瀬田を特別な存在であるかのように言う。まるで自分の自慢話のように、自然に瀬田を表に出そうとしてくる。そんな存在は、今まで瀬田の側にはいなかった。


「おーい! 瀬田〜夏目〜〜」

意味もなく見つめあっていた瀬田達に、眼鏡の下に疲労の色を隠せずにいる弘也が声をかけてきた。青いシャツに汗が滲んでいる。空調の整った体育館にいたとは思えない姿だ。

「あーくそ、やっぱり終わっちゃってたか。悪い、劇見逃したわ」

「弘也、向こうの体育館にいたの?」

「そうそう。てかお前ら萩岡見なかったか。アイツが第二での仕事放棄したから、俺と立脇が大変だったんだけど」

「孝ちゃんなら、最前列に座ってるの見たけど」

「ああ!? あいつマジで劇観てやがったのかよ。俺も見れなかったのに、信じらんねぇ」

舞台発表をする部活や有志の手助けをするのは生徒会の仕事だ。夏目と瀬田は出演者だったので午前中は免除されていたが、その分仕事は他の役員達に振り分けられていた。

「立脇マジでキレてた。すっげぇおっかねえよあのぶりっこ。萩岡あとで殺されんじゃねぇの」

「立脇さんは怒ったりしないよ」

「お前の美人への幻想はいいから。つーか体調はどーなんだよ。大丈夫だったか?」

「かなり良くなってるよ。午後からは、生徒会の仕事できるかも」

その言葉に夏目はとんでもないと首を振る。

「駄目だって。悪化したらどーすんだよ。今日は大人しく寮に帰っとけ。俺が他の奴等にも言っとくから。な!」

「え…でも…」

「そうしとけ。お前の体調気にしながらやんの面倒くせぇ」

「わ、かったよ。部屋戻るよ」

弘也の言葉で素直に頷くしかなくなった。確かに得体の知れない薬を飲まされているので完全に大丈夫だとも言いきれない。

「じゃー夏目、お前こっち手伝ってくれよ。予定より一般客が多いからイスが足りなくて、予備を運ぶことになったから」

「わかった。柊二を送ったら行くよ」

「はあ? 今すぐ来い。昼飯食う時間なくなるだろ」

夏目は少し渋っていたが瀬田が行ってくれと言うと諦めて弘也についていった。一人になると途端に身体の倦怠感が襲ってきた。

体育館を出て、なるべく人混みを避けて寮へと向かう。一度どこに行くのかと教師に声をかけられたが体調不良を訴えるとすぐに帰宅を許してくれた。真面目だった恩恵なのか生徒会役員だからなのか、それはわからないが助かった。


「…瀬田くん!」

だから背後から呼び止められた時は驚き、相手の姿を見て瀬田はさらにびっくりしてしまった。


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