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日がな一日
002



中間考査が終わって瀬田はその後いっそう劇の練習に力を入れていた。練習という名目があるため、正直なところ生徒会で孝太と一緒に過ごす時間が減って助かっていた。あれから二人きりにはならないように気を付けているので彼とは何もなかったが、話していても今まで以上にぎくしゃくしてしまっていた。

そしてあの事件以来、瀬田は弘也が自分を孝太と二人きりにしないように気を配っているのがわかるようになった。クラスでも生徒会でも気を付けてくれているので、瀬田自身もなるべく負担にならないよう自分から弘也の側に行くようにしていた。

しかしそれでも瀬田が一人になってしまうことはある。夜、寮で瀬田がトイレに行こうとした時、見知らぬ数名の男子生徒に行く手を阻まれた。


「ちょっと話あるからついてこい、瀬田柊二」

「えっ」

まったく知らない男達だったが、腕を引っ張られ両脇を固められては逃げ出すこともできなかった。瀬田はそのまま人のいない非常階段近くの壁際まで追い詰められ、怖い顔をした男たちに囲まれた。

「あの、何でしょう……」

「何でしょう、だ? しらばっくれんじゃねぇぞ。俺達の顔見たら察しつくだろうが」

「えっ」

瀬田は頭をフル回転させて彼らを凝視したが見覚えがない。しかし彼らは自分に恨みを持っているようだ。知らないうちに恨みを買ってる原因と言えば一つしか思い当たらない。

「生徒会ファンクラブの方達ですか…?」

「あぁ?! 何だよそれ」

どうやら違うようだ。瀬田が慌てて謝ると、リーダー格のような男がため息をついて説明してくれた。

「俺らは軽音部の3年だよ。お前軽音部の露木隼人知らねえってのか?」

「つゆきはやと……すみません存じません。誰ですか…?」

「俺だよ俺! 馬鹿にしてんのかマジで」

「ご、ごめんなさい!」

ミーハーで面食いな瀬田は美形の生徒の顔しか覚えていられなかった。露木はいかにもガラの悪そうなチンピラのような顔をしている。その風貌はまさに悪目立ちヤンキーで瀬田の苦手なタイプだ。顔や名前などわかるわけがない。

「……まあいい。俺らはお前に釘刺しにきたんだよ。お前、文化祭で演劇部の劇に出るらしいな」

「そうです、けど」

「その劇、今すぐおりますって演劇部の連中に言ってこい」

突然の言葉に、瀬田はそれを飲み込むのにかなり時間がかかった。彼らがなぜそんなことを言ってくるのか理解できないまま、首を横に振った。

「それは…無理です。今さら代役なんてたてられないですし、突然やめたら迷惑がかかりますから……」

「んなこた知らねぇんだよ! 今はこっちが迷惑被ってんだからな」

「? どういうことですか」

「お前らの劇と俺ら軽音部の時間が被ってんのは知ってんだろ。お前が出るせいで劇にばっか注目が集まって、このままじゃこっち客が入らねぇんだよ」

「あ……」

ようやく瀬田にも合点がいった。そもそも演劇部が生徒会に依頼してきたのも、軽音部と時間がぶつかって花形の塩谷がいないと観客が入らないからという理由だった。

「いやでも、俺なんか入ってもたいして変わらないと……」

「本気で言ってんのかこのホモ野郎」

「ほ…」

「お前だけじゃなくてあの夏目とかいう一年もちょろっと出てくるみてぇだし…だいたいなんで生徒会が演劇部に肩入れすんだよ。こんなのフェアじゃねえだろ」

塩谷の代役として入った瀬田からすると、まだまだ彼の代わりなどできていないが、あの影響力のある夏目の宣伝効果もありかなり話題になっている自覚はあった。軽音部が贔屓だと怒る気持ちもわからなくはない。

「でも、それでも今さら抜けることはできないですよ。文化祭はもうすぐですし、代わりはもういません」

「これはお願いじゃなくて警告なんだよ。自分の身がかわいかったら早くやめることだな。じゃないと後で死ぬほど後悔することになるぞ」

「あと、このこと誰かにしゃべったら承知しねぇからな。いいから、怪我したくなかったらなんかテキトーに理由つけてとっととやめろ」

言いたいことだけ言って、男達は瀬田を睨み付けるとそのまま唾でも吐きそうな顔つきで去っていく。恐怖を感じた瀬田はすぐに自分の部屋に戻って、しっかり鍵をかけた。

「ど、どうしよう……」

誰にも言うな、と言われた以上生徒会や演劇部に泣きつく勇気は瀬田にはなかった。言えばきっと報復される。恐れた瀬田はすぐに親友の杵島弘也に電話をした。


「弘也〜〜! ヤバイよ! 俺、今すげー怖い目にあった!」

『なんだよ夜中にうるせーな。耳に響くわ』

即刻弘也に電話をかけて今あったことを涙声でペラペラしゃべる。電話越しの弘也は寝起きのように不機嫌だった。

「………ってな感じで俺、劇に出るなって脅されたんだよ。軽音部っていうより暴走族みたいな人達にさ〜。しかも脅されたこと誰かに言ったら承知しないとか言われるし、もうどうしたらいいんだよぉ……」

『すでに俺に言っちゃってるけどな。まさかここの軽音部がそんな不良みたいな集団だとは……』

「俺、劇おりないとボコボコにされるのかな」

『…って何だよお前、まさか出ないつもりか?』

「そ、そんなことできないよ。でもこのままじゃ怪我でどのみち劇に出られなくなりそうで……弘也、どうしたらいい!?」

『ったく、ちょっとは自分で……まあいいや、お前が勝手に動く方が怖いな。明日までに考えといてやるから、とりあえず落ち着け』

「明日? 今すぐこっちに来てくれないの…?」

『無理。俺いま叔父さんの家だから』

「えー!! 夜中に襲撃とかされたらどうすんのさ! 俺一人部屋だし」

『襲撃って。戸締まりしときゃ大丈夫だろ。明日朝迎えにいってやるから……いや、やっぱそれは無理だな。お前が迎えに来てくれ。俺寝てるから』

「えええ」

『じゃーな。また何かあったら連絡しろ』

一方的に電話を切られて、すぐにもう一度かけてみたが繋がらない。何かあったら連絡しろとはいったい何だったのか。
瀬田は仕方なく、その日の夜は恐怖と孤独感に耐えながら一人、部屋で眠れない一夜を過ごした。


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