日がな一日
崇拝と懐柔
三日にわたったテストがようやく終わり、勉強から解放された瀬田はしばらく席についたまま放心状態だった。しかし安堵のため息をつく間もなく、波乱はやってきた。
「こんにちは、瀬田センパイ」
突然目の前に現れた真結美にぎょっとして、眠気も一気に吹っ飛んだ。驚きのあまり何も言えない瀬田を見下ろしながら、笑顔の一つも見せず話し続けた。
「話があるんで顔かしてください」
「ひぇ……どうしても行かなきゃ駄目ですか……」
「当然です。ほら早く立って」
生徒会役員、中村真結美の突然の登場に、クラスメート達の注目を浴びている。今はこの場から離れることが先決だと、瀬田は渋々立ち上がった。
「よお、中村。瀬田が行くなら俺もついてっていい?」
真結美に気軽に声をかけた弘也は、瀬田のボディガードよろしく横にぴったりと張り付く。救世主の登場に瀬田の生気が戻ったが、真結美は険しい表情で首を振った。
「駄目です。内密の話なので杵島先輩はここで待っていて下さい。先輩はすぐお返ししますから」
「……」
弘也は少し考えた後、行ってこいとばかりに瀬田の背中を叩いた。助けてと訴える目を無視されて、つい弘也の袖を掴んだがすぐに振り払われた。
「瀬田、年下の女くらい自分で何とかしろ」
「……」
「そんな目で見ても駄目だぞ。ほら、さっさと行ってさっさと帰ってこい」
瀬田は真結美が苦手だったが、萩岡孝太と比べると危険度はかなり低いのは確かだ。観念した瀬田は大人しく彼女の後をについて行き教室を出た。
「……話ってなに?」
人のいない空き教室の前で止まった真結美に、瀬田が恐る恐る問いかける。椿の事だろうとは思ったが、あれ以上何を言われるかは予想できなかった。
「安心してください。センパイにとっては良い話ですから」
「良い話…?」
「実はまゆ、生徒会ファンクラブの会員なんですが」
「…え!?」
生徒会ファンクラブとは、よんで字のごとく生徒会役員の誰かのファン、もしくは生徒会という組織全体の信者達が入る集団の名前だ。会員数はこの学校の生徒の3分の2にのぼるが、まったくの非公式で生徒会はその存在には一切関与していない。もちろん会員費などはなく、活動内容といえば会員だけが入れるサイトでファン同士交流するくらいの大人しいクラブだった。
「瀬田先輩も会員ですよね」
「そうだけど何で知ってるの?! てか中村さん生徒会役員なのに会員なの!?」
「最近まで役員じゃなかったですもん。それにまゆはファンクラブの中でも会長派ですから。センバイもそうでしょう」
「それはそうだけど……」
「ではこれを見てください」
真結美が瀬田の目の前に自分の携帯をかざしてくる。その画面にはシャツのボタンを2つほど開けて、暑そうに下敷きで顔を扇ぐ椿が写っていた。普段の完璧な椿の姿とのギャップが凄い。
「ふあーーー! なにこれ! なにこのレアな写真!」
「ファンクラブ会員会長派の愛の力ですよ」
「椿くん完全に油断してる…!」
犯罪ではあるもののクラブ内ではこのような盗撮が横行している。悪用はされてないものの椿に訴えられたら確実に負けるだろうが、会員同士だけの話なので全員見て見ぬふりをして楽しんでいた。
「でもこんな写真サイトにアップされてたかな……」
「これはまだ非公開なんです。まゆはファンクラブのVIP会員ですから手に入れられたんです」
「1年が一体どうやってVIP会員に…?」
「椿先輩に近づくための努力は惜しみませんので。別に自慢しようと思ってこれを見せたわけではありません。実はこの写真でポスターを作ろうかという話が出てまして」
「え!」
「VIP会員限定モノなんですけど、瀬田センパイがどうしても欲しいなら確保してあげてもいいですよ」
「えええ!」
椿の顔をいつまでも見ていたい瀬田にとっては願ってもない話だ。あまりにも夏目がくるので今は片付けている嵐志のポスターの横に並べて貼りたい。
「でもこれって、椿くんの許可はもちろん……?」
「とってません。そもそも非公式ファンクラブですから」
「じゃあ犯罪じゃん!」
「そうですよ。でも、そもそも写真をアップすること自体アウトなんでセーフでしょ」
「アウトだよ!」
死ぬほど欲しいが、本人を知っているだけに勝手にポスターにして飾るのは気が引ける。バレたらストーカーとして訴えられてもおかしくないのだ。
「もちろんリスクはあります。元々まゆは玉の輿を夢見て死ぬ気で勉強してこの学校に来ました。でも椿先輩はそんなお金だけのちっぽけな存在じゃなかったんです。百年に一度の奇跡の存在、あんな夢中になれる人はもう現れません。だから、先輩の存在を少しでも身近に感じて見ていたいし、その姿を目に焼き付けたいんです!」
熱く思いを語る真結美に瀬田は気づくと頷いていた。恋愛感情でなくとも、椿を好きな気持ちは真結美にも負けていないと思っていた。
「わかるよその気持ち…! 椿くんの格好良さはアイドルの嵐志くんにだって負けてないし、記録に残して保存するべきだよね」
「……瀬田センパイ。椿先輩の事好きじゃなくなったなんて嘘でしょ」
「うえっ?」
「いいんです、先輩にも葛藤があって悩んだ上での決断だったんでしょう。でも! あえて言わせてもらいます! まだ一年以上チャンスがあるのに恋人もいない椿先輩を諦めるなんて馬鹿げてますよ!」
「……」
瀬田は椿に婚約者がいることを真結美に言うべきかと思ったが、あれは内密の話だ。ファンクラブのVIP会員に軽々しく暴露して良い話じゃない。しかしなぜ真結美はライバルであるはずの瀬田を応援するようなことを言ってくるのだろうか。
「まゆと先輩はもっと協力しあうべきだと思うんです。同じ望みが薄い者同士……って言うと虚しいですが、何か情報があれば共有しましょう。その代わりといってはなんですが、他にもVIP限定の写真があるのでデータ送ってあげてもいいですよ」
「中村様……!」
「もっと感謝してくれて結構」
結局瀬田は椿の事が好きだと真結美に誤解されたままだったが、何を言ってもわかってくれないだろうと説得するのはやめた。それに瀬田は例え犯罪であっても椿の写真が欲しかった。
「でも中村さんあのサイトに出入りしてるなら、自分の盗撮写真とかも見てしまったのでは……?」
「まゆの専用のページは覗きません。悪口書いてあったら立ち直れないので」
「わかるそれ〜俺もいつ叩かれるかビクビクしてる〜」
瀬田は正式な役員ではなかったが、もしこれで生徒会入りが正式に決定したら会員の皆さんの反感を買うだろう。あのサイトは基本的に悪口は書かないという暗黙のルールがあるので今のところ中傷的な書き込みはないが、これからどうなるかわからない。
「まゆは杵島先輩の方が心配ですけどね。瀬田先輩は人気あると思いますよ。劇のこと結構話題になってますし」
「そうなの?」
「ええ、夏目がかなり宣伝してるみたいですよ。まゆのクラスまで噂が広がってますから」
「ああ、それで……」
夏目の友人達の反応を思いだして合点がいく。お客さんが少ないのは悲しいが、あまり期待され過ぎるのもプレッシャーだ。
「当日は、椿センパイと一緒に見に行ってあげます。無様な芝居なんかしたら許しませんから」
「ああ、ありがとう」
瀬田が笑顔で礼を言うと、素直な反応に戸惑ったのか真結美は拗ねるような表情で顔を背けた。生徒会役員は文化祭当日に劇を楽しむ暇があるかは分からないが、椿に観てもらえてると思えばよりいっそう気持ちが入るだろうと思った。
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