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日がな一日
006



昼食をとった後、瀬田は自分の部屋で夏目と共に勉強をしていた。
夏目も瀬田も基本的には真面目なので私語をすることもなく黙々と一時間机に向かっていたが、集中力がなくなってきた瀬田に気づいた夏目が休憩をとろうと提案してくれた。瀬田は目をこすりながら目を閉じないよう頬を両手で叩いた。

「今すごく眠いから目が覚める話しようよ」

「俺って最近一人部屋になったんだけど、たまに真夜中に押し入れの中から物音が……」

「ストップ! 怖い系は駄目でしょ!」

途端に耳を塞ぐ瀬田に夏目は楽しそうに笑う。ノートを閉じた夏目は今度は台本を机に出してきた。

「じゃあ気晴らしに劇の練習しようぜ」

「やろ! もう英単語見るのに飽き飽きしてたんだよ〜」

意気揚々と台本を取り出す瀬田。活字を見るだけですぐ眠くなる瀬田だが、不思議と台本の文字だけは読むと逆に集中力が増した。

「瀬田の台本、書き込みの量すごいな」

「部長とかのアドバイス書いてたらあっという間に埋まるよ。夏目くんも急場の助っ人とは思えないくらい的確な演技指導してくれるし」

「俺なんか部長の受け売りだけどな。逆に瀬田の演技見てインスピレーション湧いたりするし、このラストのシーン、練習ではまだだけど今やってみようぜ」

「うん!」

瀬田は台本を持って、その場で立ち上がる。先程まで閉じかけていた目は爛々と輝いていた。

この劇のラストは、復讐をとげた代わりに何もかも無くしたディックが絶望した時、裏切られたはずのダスティが救いの手を差し伸べるシーンで締め括られる。ディックは泣いて自分のしたことを詫び、二人は再び友人として手を取り合ってハッピーエンドを迎えるという、大団円の幕引きだ。瀬田も台本は最後まで読み込んでいたので、もちろん個人的に何度か台詞の練習をしていたが人前でや演じるのは初めてだった。


「『俺はお前を裏切ったのに、何故すべてを水に流して許せるんだ。お前にとって、俺は憎い敵だろう』」

「『何を言うんだディック。僕がお前にしたことの罰を俺は受けただけだ。これでようやく、僕とお前は対等になれる』」

「『ダスティ……』」

ダスティ役は夏目が代わりに演じてくれる。瀬田は夏目を部長、もといダスティだと思いながら、ディックになりきって演技を続けた。夏目の方も練習をして初期とは比べ物にならないほど演技がうまくなっていた。

「『僕は友達を助けたい、それだけだよ。困ったとき助け合うのは当然だろう』」

「『ダスティ……どうか、愚かな俺を許してくれ。俺はもう決してお前を裏切らない。…ありがとう、本当に…っ』」

「…………」

「……夏目くん?」

夏目の台詞が止まったので、瀬田は演技をやめて彼の名を呼ぶ。夏目は瀬田を凝視したまま固まっていた。

「柊二…泣いてる……」

「え? ああ……つい感情移入しちゃって。でもここ、ディックが泣くシーンだろ」

「そーだけど…そーなんだけど。こんなラストだけの練習ですぐ泣けるなんて、柊二…やっぱりすげーよ」

「お、おお」

興奮気味の夏目に腕を掴まれて激しく揺さぶられる。輝かしい尊敬の眼差しを後輩から向けられて、瀬田はゆらゆらと揺すられるがままだった。

「演劇部でもないのに、ここまでやれるなんて絶対才能あるって! この一回の劇だけで終わらせるなんて勿体ねえよ」

「そ、そこまで言ってもらえるなんて嬉しいけど、揺らすのヤメテ……」

夏目は何も知らないので褒めてくれるが、瀬田は一応経験者だ。素人にしてはうまいかもしれないが、元子役としてはまずまずと言ったところだろう。

「……あの、今まで黙ってたんだけど、実は俺…昔ちょっとだけ芝居やってたんだよ」

「え? まじで?」

元子役だというのは秘密にしていようと思っていたが、ここまで褒められると黙っているのが辛くなってくる。多くを語る気はなかったが、夏目には本当の事を話そうと思った。

「そ、そうなのか? 何で今まで言わなかったんだ……って別にそれはいいんだけど」

「ほんとにちょっとだけだけど、だから俺がうまく見えるんだよ。別に才能があるわけじゃ……」

「いやそれでも、演劇部の中でだって柊二は頭ひとつ出てるよ。少なくとも俺は柊二が一番だと思う」

「……ありがとう」

それは瀬田の心からの言葉だった。芝居そのものが嫌いになって子役をやめた訳ではない。ただどうしても昔の事を思い出すので、今まで目を背けてきただけだ。

「柊二は、役者にはもう興味ないのか? 絶対柊二にあってると思うけど」

「いや……俺には向いてないよ。それがわかったからやめたんだ」

ああいった人から注目される、目立つ仕事に瀬田は耐えられなかった。役者に一番必要な要素を、瀬田は持っていなかったのだ。文化祭でやる劇はともかく、仕事としてやるなんて考えられない。

「そうか……なら仕方ないけど、ちょっと残念だな」

「残念?」

「ああ、芝居が上手いとかは別にして、演技してるときの柊二がすごく楽しそうに見えたから」

「……」

夏目の言葉に瀬田は酷くショックを受けた。しかしそれが何故かはわからない。わからないまま、瀬田は考えることを早めに放棄した。

「いやでも、俺がそう思っただけだから。とにかく今は文化祭の劇とテストを頑張ろうぜ」

「うん、そーだね……」

瀬田は無理矢理笑顔を作ると、再び腰を下ろして台本を閉じ教科書を広げる。この話をこれ以上していたくなかった。
瀬田の元気がないことに気づいた夏目がペンを回しながら明るく言った。

「実は俺には夢があるんだ、昔からの…。それを叶えるために色々努力してんだけど」

「夢……? 将来の?」

「ああ。でもこれ内緒な。誰にも言ったことないから。特別に柊二にだけおしえるよ」

そう言って瀬田の耳元に顔を寄せてくる夏目。反射的に瀬田も耳を近づけていった。

「文化祭での劇が成功したら、な」

「えーー! なんだよそれ」

もったいぶっておしえてくれない夏目に瀬田は不満たらたらだった。夏目は意味深な笑顔を浮かべながらウインクしてきた。

「多少ミステリアスな方が俺に興味出てくるだろ」

「興味あるから今おしえてよー!」

「まあまあ、知りたきゃ劇を成功させるっきゃないな。つーか今はそれより勉強だけど」

「はっ、そうだった!」

時計を見るとすで16時を過ぎている。やるはずだった範囲の半分も終わっていない。

「どうしよう、もう時間がない。駄目だ……もう間に合わないんだ……」

「大丈夫、柊二。大丈夫だから落ち着け」

夏目になだめられながら再び眠気を誘う教科書とにらめっこを始める。時々寝落ちしそうなところを起こしてもらいながらも瀬田は最後の追い込みを終えた。


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