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日がな一日
002



演劇部の稽古が終わり、瀬田は空腹と眠気に耐えながら夏目と並んで寮に帰っていた。瀬田はすでにヘトヘトだったが、同じくらい動き回っていた夏目は体力があるのか元気そうに歩いていた。

「じゃあ柊二、この後部屋行くからな」

「部屋? 何で?」

「何でって、さっき言ったろ。一緒に練習しようって」

「あ。そっか、そうだった。ごめん」

先程言われたことももう忘れてしまっていた瀬田は慌てて謝ったが、夏目はスキップでもしそうな勢いで嬉しそうに笑っていた。

「俺の部屋のがいいかもだけど、いま人呼べる状態じゃないんだよな…。行くときついでに何か夜食買ってくから、何がいい?」

「お腹がいっぱいになるものなら何でも…」

「わかった、じゃあ部屋で待っててくれ」

気がつくともう寮の前に到着していた。疲労でぼーっとしていた瀬田は夏目の言葉にひたすら頷きながら自分の部屋へ向かっていた。



夏目が来るというので簡単に部屋の片付けをして、準備万端で待っていた。Remixのポスターはもちろん剥がしてクローゼットへ隠す。後輩だけど先輩みたいな夏目に失礼があってはいけないと思い、お茶の準備までしてようやく自分が少しピンチなのではないかと思い至った。

(確か夏目くんは俺に告白してくれたんだよな。…いや、忘れてた訳じゃないけど。そんな相手をのこのこ部屋に招いて良かったのか…。)

自意識過剰かもしれないが、過去にあった二度の事件が忘れられなかった。あの二人が特殊でそれを夏目に当てはめるのは間違っているとわかっているが、これでもし何かあったら弘也に怒られるのではないかと不安になった。

(いや、万が一そんな雰囲気になったとしても断ればいいんだ。今までだって俺が嫌がらなかったからあんなことになったわけだし)

そんな心配をする事が夏目に失礼だと心を落ち着けていると、扉をノックする音が聞こえた。心臓が少し縮こまりながらも、瀬田は扉をすぐに開けに行った。

「お待たせ柊二〜。あ、これ夜食な」

「ありがとう。ちょっと狭いけど誰もいないから、どうぞ」

「お邪魔しまーす」

夏目におにぎりやお菓子が入った袋を受け取り、部屋に入るように誘導する。その他にも夏目は大きめの鞄を肩からさげていた。

「夏目くんどうぞ座って。これ、いくらだった?」

「金なんか入らねぇよ。俺が勝手に買ってきたんだし」

「いやー、こう見えて俺一応先輩だからな。これだけあれば足りるかな」

強制的に千円札を渡すも夏目は不満そうに受け取らなかったが、瀬田が有無を言わさず押し付けると渋々ながら受け取ってくれた。上下関係の厳しさは芸能活動中と部活中に嫌というほど味わっている。いくら夏目が年上に思えてもお金を出してもらうわけにはいかない。

「悪いな柊二。俺としてはお礼のつもりだったんだけど」

「お礼?」

「俺が巻き込んだ劇で頑張ってくれてるお礼」

「まだそれ言ってるの? これは自分のためにやってるんだからいいんだよ」

人前に出るのが苦手で目立つことが嫌いな自分を変えたくてやってることだ。演じることは楽しいし、藤村も演技には太鼓判を押してくれた。本番であがらなければ成功させられるはずだ。

「自分のため? 柊二は役者にでもなんの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど。ただちょっとでも性格変えたくて」

「変える? 別に今のままで良くね?」

「目立つの苦手だし、自信ないからすぐ流されるし…正直社会に出てやっていけるのかって思ってる」

「ははっ」

瀬田の真剣な悩みを夏目は鼻で笑う。一瞬むっとした瀬田だが、夏目は鞄から劇の台本を取り出し台詞を読み上げた。

「『僕は昔の自分が許せない。なんとか変わろうとしたけど、駄目だった。どうやったら昔の自分を捨てられるのか、そればかり考えている』」

「その台詞って……」

「ダスティ役は俺がやるから、練習しようぜ。うだうだ考えるのはやめてさ」

「…うん!」

村人A役の夏目だが初期と比べると格段に演技がうまくなっていた。すっかり演出家として演劇部をまとめているからか、ただ台詞を読み上げるだけでなく台詞には気持ちが入っている。

「『ディック、君に会えて本当に良かった。これからもずっと僕の友達でいてくれないか』」

「『それは俺の台詞だ。過去の君なんて関係ない。それからもずっと俺達は友達だ』」

「柊二、ここはもっと大袈裟に、なんならわざとらしいぐらいでいいかもしれない。ここはディックが堂々と嘘をつくシーンだから。お客さんにはそれがわかってるし、白々しいくらいの方が良いって部長が言ってた」

「部長が?」

「ああ、部長が一番知ってるから色々聞いたんだよ。だから柊二もわかんないとこあったら俺にも聞いてくれていいからな!」

夏目も忙しいはずなのに、率先して劇の方に参加してくれている。大変なことをさらっとやってのける夏目の事を尊敬の眼差しで見ていると、夏目がキメ顔で視線を寄越してきた。

「何だよ柊二、ひょっとして俺に惚れた?」

「えっ」

「ははっ、冗談だよ。だって柊二が俺が告白したこと忘れてそうだからさぁ」

「こ……わすれてないよ! ちゃんと覚えてるし考えてる…」

夏目と付き合うとどうなるのか今一つ実感がわかないが、幸か不幸か文化祭まで一緒にいる機会は多い。それまでに答えを出さなければ、と思うのだが断る理由も受け入れる理由もどちらも見つかってないのが現状だ。

「柊二…」

やけに真剣な顔をした夏目が瀬田に向かって手をのばしてくる。今までこういう状況を何度も経験していた瀬田はとっさに自分の危機を察した。


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