日がな一日
自分の夢
「こんちは〜」
それからしばらくして夏目と真結美が二人揃ってやってきた。相変わらず先輩相手にフランクな挨拶をする彼に、瀬田と椿は返事を返したが孝太は無視を決め込んでいた。
「あれ、俺らが一番遅れてるかと思ったけど……」
「田中さんと立脇さんは今日は体調不良で来ないぞ」
「えっ、マジ? テスト前に大丈夫かなぁ…」
「先輩達も夏目に心配されたくないんじゃない?」
背後にいた真結美が笑いながら言い捨てる。彼女は椿や孝太には挨拶したが、瀬田を見るとあからさまにそっぽを向いてしまった。どうやらまだ今日の事を怒っているらしい。
「真結美の方が中間ヤバイんじゃねぇの? 俺がおしえてやろーか」
「別に要らないし。あ、椿先輩こんにちはっ」
「ああ」
「先輩いっつも早いですよね。まゆももっと掃除早く終わらせて一番に来れるように頑張ります〜」
「ああ」
溢れんばかりの笑顔を振り撒いている真結美だが、椿の方は気にもせず作業を続けている。ばっちりメイクをして熱い視線を投げ掛け続ける真結美は、ゆり子がいないのでいつもより三割増しでアプローチしていた。
「よっ、柊二」
夏目が瀬田にフランクに声をかけてくる。まるで昼休みの告白がなかったかのような普段通りの態度に瀬田の方が恐縮してしまった。
「おい夏目、お前まで何でこっち座んだよ。向こうあいてんだからあっち行け」
「え〜、孝太は酷いなぁ。俺も仲間にいれろよな」
「孝太とか呼ぶな1年のくせに」
夏目は相変わらず先輩風を吹かせ、孝太もそれに怒っていたが今は椿の方に腹が立っているのかそちらに気をとられていた。けれどいつ孝太がキレてもおかしくない二人のやり取りににヒヤヒヤしつつ、周りが一応普通に接してくれた事に瀬田は安堵していた。
その後遅れて弘也が来てすぐ、瀬田は夏目と一緒に演劇部の方へ練習に行くことになった。夏目はチョイ役だが演技が棒すぎるので、瀬田と同じく特訓が必要だった。
「瀬田くん、あと少し声出してみようか」
「はい」
藤村の指導のもと、瀬田は練習に打ち込んでいた。ヒロイン役の白戸を始め他の部員も優しくしてくれたので、演劇部は生徒会よりも居心地の良い場所だった。
「声が大きくなると少し言わされてる感が出ちゃうんだよなぁ。まあ大げさなくらいが劇ではちょうどいいんだけど。もう一回、今の台詞から言ってみようか」
「はい!」
文化祭で公演する「Dの復讐」は演劇部のオリジナル劇である。瀬田は観たことがなかったが、何年も前から公演している演目らしい。
瀬田が演じるディックが、幼少時代自分を痛めつけてきたダスティに大人になって復讐するというもので、ダスティの妻を奪い仕事も奪った彼は見事復讐をとげるが、その先に待っていたのはただの虚無感だけ。目標を見失った彼は生きる意味を無くし堕落していく。というまったくもって文化祭向けではない暗い内容でだった。
「じゃあちょっと休憩しようか。瀬田くん、せっかく来てくれたのにうるさく言ってごめんね」
「いえ、そんな。もっと色々おしえてほしいです」
テレビドラマの撮影と演劇ではまるで違うとようやくわかった。本番で台詞の間違いは許されないし、声を拾ってくれるマイクもないのだ。
「柊二、ほら水」
「ありがとう」
夏目が瀬田にペットボトルをわたしながら横に座る。瀬田はその水を飲みながら藤村に訊ねた。
「部長、どうしてこの劇を文化祭にやることになったんですか」
「ん? この話あんまり好きじゃない?」
「いえ! そういう意味じゃないです。ただいつも俺が観てた劇はもっと明るいというか、雰囲気が違ってたので」
オリジナルの劇は他にもいくつかあるが、この話はその中でも断トツのシリアスさだ。文化祭という明るい雰囲気にあっていないといえばあっていない。
「そっか、瀬田くんはうちの劇見てくれたんだもんね。確かにいつもとは違う系統の話だけど、文化祭って普段観に来ない人も結構来てくれるから、よくあるお涙ちょうだいモノとか、説教臭い真っ直ぐな内容ってあんまりインパクトに残らないし退屈だったりする人も多いんだよね。だからあえてドロドロした劇をやって、飽きさせずに最後まで楽しんでもらおうと思って」
「なるほど…さすが部長、懸命な判断だな」
隣にいた夏目が顎に手をあてながら感心したように頷く。瀬田も藤村が言うことはよくわかったのでうんうんと頷いていた。
「塩谷くんが出られなくなってどうなることかと思ったけど、二人の出演を大々的にアピールしたら結構話題になってるみたいだし、たくさんの人が来てくれるんじゃないかな」
廊下のいたるところに貼ってある演劇部のポスターにはデカデカと瀬田と夏目の名前が書かれてある。たくさんの人に見られると思うと少し気が重くなったが、藤村の笑顔を見てると出て良かったと思った。
「俺、クラスメイトにすっげぇ宣伝しといたから! せっかくたくさんの人に見てもらうんだし、絶対成功させようぜ、お前ら」
夏目の言葉におー! とノリノリに拳をあげる演劇部部員。夏目は仁王立ちになりながらタオルを首に巻いて指示を出した。
「よし、じゃあ休憩終わり。さっきやったシーンからもう一度やるぞー」
「「はーい」」
「さっきから思ってたけど夏目くんはどういう立ち位置なの!?」
1年生とは思えぬ統率力で部長を差し置いて演劇部を仕切っている。極めつけは部長もそれに従ってしまっていることだ。さすがの瀬田も突っ込まずにはいられなかった。
「いやー夏目くんの指摘が結構的確だからつい…それに何か逆らえない雰囲気があって…」
「部長、このシーンもうちょっとライト絞った方が雰囲気出ていいと思うんだけど」
「あ、そうだね。じゃあそうしよう。その前のシーンはこのままでいいかな」
「あそこは昼間のシーンだし、むしろ明るいくらいがいいだろ。それよりもっとBGM明るいやつにしようぜ」
「なるほど〜、さすが監督」
「監督!?」
いつの間にか夏目が監督扱いされていて驚きの声をあげる瀬田。村人Aの脇役からとんだ出世だ。
「瀬田くんも監督の指示に従ってくれたら良いからね。演出も任せることにしてるし」
「そんな大事なこと素人の夏目くんに任せちゃっていいんですか?」
「うん。うちは顧問の先生は殆ど部活にはノータッチだから指導者がいなくて、こんなてきぱき指示くれる人いなかったから、何か従っちゃうよね。部活って感じがするし」
「それ多分従っちゃダメなやつだと思いますよ!」
夏目はよく言えば大人びていて、悪く言えば老けているので確かにここに立っているだけで顧問の先生に見える。
(このままじゃ演劇部が乗っ取られる…夏目くんノリノリだけどなんとか止めないと…)
「ほら柊二、いつまで休憩してんだ。次お前のシーンからだぞ」
「あっ、すみません!……って違う!!」
夏目に注意されつい頭を下げてしまう瀬田。ただの助っ人でしかない自分達があれこれ口出すのは駄目なのではないかと、夏目に声をかけた。
「夏目くん、ちょっと」
「何だ柊二、演技指導なら後で個別にやってやるから」
「いや、そうじゃなくてね」
「そうだ、夕飯食べたら一緒に練習しようぜ。この後、柊二の部屋行っていいか」
「え、まあ、それは良いけど…」
「まじで!? サンキュー! 俺まだ台詞棒読みになっちゃうんだよな〜」
「あ…うん」
「よーし、じゃあシーン11、エレナの台詞から始めるぞー!」
結局その後夏目を注意する機会はなく、ずっと監督兼演出として夏目が取り仕切っていた。しかし瀬田がみる限り彼は結構的を射た指示を出していたので、結局最後まで素直に従ってしまっていた。
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