日がな一日
004
夏目から突然告白された瀬田は、その日一日ずっとそのことばかり考えていた。返事が保留になってしまったことが余計に頭を悩ませる結果となり、授業もいっさい頭に入ってこなかった。
最初は、夏目に告白された事をすぐ弘也に話そうとしたが、すぐに思い直してやめた。今までは身の危険を感じる特殊なケースだったので弘也に相談していたが、今回はそうではない。男の自分にあの夏目が告白したなんて、いくら弘也相手といえども簡単に吹聴していいとは思えなかった。
それに弘也にもそろそろ自分の意思を持てと言われている。瀬田は弘也に頼らず自分で決めることにした。
その日の放課後、瀬田は何事もありませんようにと祈りながら生徒会室に向かっていた。朝から真結美と孝太には怒られ、ゆり子には呼び出され、夏目には告白された。色んな意味で生徒会のメンバーとは顔をあわせづらい。
「失礼します」
弘也は授業中ずっと寝ていたことで職員室に呼び出されてしまったので、今の瀬田に味方はいない。詩音と嵐志以外の役員誰がいても気まずい状況の中、瀬田は生徒会室に入った。
「随分早いな、瀬田くん」
「つ、椿くん…?」
部屋に来ていたのは椿だけで、彼はいつもの席で文化祭のしおりをホチキスでとめていた。彼一人だったということを喜ぶべきか、それとも危機を感じるべきか。しかし今のところ椿に瀬田を責め立てる様子はなく、パチパチと作業を続けていた。
「こんにちは。椿くん早いね」
「今日は体調不良で田中さんが休みなんだ。あと何故か立脇さんも。恐らく友人として看病するつもりなんだろうが。だから彼女達の分まで作業を進めなければと思って」
「田中さんが……?」
朝見た時は元気そうだったのに何があったのか。しかしもしかすると体調が悪いこともあって、夏目の説得を聞き入れてもらえたのかもしれない。
「ホチキスは触るなと田中さんに言われてるんだが、今日くらいは多目に見てくれるだろう」
「さわっちゃダメなの? 何で?」
「一度これで指を挟んでしまったからな。ただあの時はホチキスを使うのが初めてだったから失敗しただけで、今は大丈夫なのに」
「つ、椿くんの指がホチキスに……!?」
このたおやかな指にそんなキズが、とまず思ったがいくら初めてとはいえホチキスで指を挟むなど相当抜けている。それを考えるとゆり子の言葉はもっともで、ホチキスを持つ椿に瀬田はヒヤヒヤしていた。
「椿くん、それは俺がやるからいつもの仕事を……」
「瀬田くん、君はあの昨日来ていた女子と付き合うのか」
「……」
予想通り、椿からも昨日の事を聞かれた。瀬田は用意していた、というより他の人にも言った言葉をまた繰り返した。
「まだ付き合ってないよ。ただ、卒業までにお互い他に好きな人ができなかったら付き合おうって約束しただけで」
「瀬田くんには、もう好きな人がいるだろう」
「え、誰?」
「僕だ」
「……」
立ち上がって自信満々に言い放つ椿に瀬田は呆然とする。椿は綺麗な手を胸にあて、そのまま力説し始めた。
「たとえ僕がホチキスをうまくとめられなくても、掃除ができなくても、君は僕の事が好きなはずだ」
「……そうなの?」
「だって瀬田くんが好きなのは、僕のこの顔だろう」
「よ、よくご存じでいらっしゃる……」
「あとすべての人間を引き付けるこのカリスマ性と、天才でも努力を惜しまない人間性も」
「……ああ、うん。それもあるね」
「なのにどうして、君は僕を受け入れてくれないんだ」
「だって椿くん婚約者いるじゃん」
「またそれか! 僕が望んだことじゃないのに! お祖父様が悪いのに!」
憤った椿が机を強く叩いて項垂れる。深く深くため息をついた彼は顔をあげ瀬田を力強い目で見た。
「瀬田くん、祖父を説得してくれ。僕と付き合いたいから婚約破棄してくれって」
「俺が言うの!? 椿くんは!?」
「逆らったら首の骨折られそうで……怖い」
「そんなの俺も怖いんだけど!?」
孝太に祖父は恐ろしく逆らってはいけない相手だと聞いたことがある。あの恐れ知らずの孝太が言うのだから相当厳しい人なのだろう。
「大丈夫、瀬田くんなら祖父に勝てる気がする」
「何で?」
「お祖父様より背が高いし……」
「それだけ!?」
そんな理由で期待を込めた目で見られても困る。とにかく首を横に振り続けて断っていると、部屋の扉が開いた。
「ういーっす」
「孝ちゃん!」
「……あ? 瀬田?」
ここまで孝太を見て嬉しいと思ったことはない。喜ぶ瀬田の背後にいる椿に気づいた孝太は顔をおもいっきりしかめた。
「おい、こいつと二人きりになるなって言ったろ。何されるかわかんねぇぞ」
「それはこっちの台詞だ。瀬田くん、こんな野蛮な男とは一緒にいない方がいい」
「野蛮なのはてめーだろーが! 今度瀬田を襲いやがったらただじゃ……」
「あーー!」
二人がお互い何を怒っているのかわかった瀬田は、叫んで言い争いを中断させる。これ以上自分の醜態をさらされては困ると、瀬田はほぼ無理矢理二人の間に割って距離を置かせた。
「仕事! そう、仕事しよう! 孝ちゃん座って!」
「ならお前も座れよ。俺の横な」
「座る座る、座るから」
瀬田は椿と孝太の間に腰を下ろし、二人の目が合わないように必死に話し続ける。この居たたまれない空気に耐えられず、とにかく弘也早く来てくれと瀬田はこの場にいない親友を心の中でずっと呼んでいた。
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