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日がな一日
003


次の休み時間に瀬田はまた孝太に捕まるのではとヒヤヒヤしていたが、その前に違う人物に捕まってしまった。彼女、中村真結美は三年の教室にズカズカと無遠慮に乗り込むと、瀬田の前で急停止した。

「おはようございます、瀬田センパイ」

「お、おはようございます」

真結美は大きな目を吊り上げ、何やら怒っている様子だった。弘也に助けを求めようとしたが、彼は前の授業の時から机に突っ伏して寝てしまっている。

「どうしてまゆが来たか、おわかりですよね」

「え、……わ、かりません」

自分が真結美に対して何かした覚えはない。瀬田が冷や汗をかきながら必死に考えていると、彼女が乱暴に机に手をついた。

「昨日、瀬田先輩を追いかけて昔の女が来たっていう話、聞きました。先輩はその女と付き合うんですか?!」

「うえっ、それってりっちゃんのこと? 昔の女じゃなくて幼馴染だけど……」

「りっちゃん??」

責めるように詰め寄られて、瀬田は座ったまま椅子ごと真結美から距離をとる。まさか孝太だけでなく真結美まで律花の事を聞いてくるとは思っていなかった。

「先輩は椿先輩のこと諦めて、その辺の手頃な女で手を打つっていうんですか」

「別にそういう訳じゃ……いや、でも椿くんの事はもう諦めようと思ってるけど」

「は? マジで言ってるんですか、それ」

「……うん」

椿を好きだという気持ちは今でもある。けれどそれが間違いだと弘也に指摘されてその通りだと納得してしまったのだ。元々叶わぬ恋だった。これ以上追いかけても意味はない。けれど真結美はそんな瀬田に対して怒っていた。

「先輩がそんな根性なしだとは思いませんでした。 幻滅です」

「こ、根性なし?」

散々諦めろと言っていたくせに、真結美の発言は矛盾している。しかし周りに流されすぎだと弘也に言われたことが意外と堪えていた瀬田は、真結美に言い返すこともできなかった。

「もう先輩なんか知りません。その女とくっつくなりなんなり、勝手にしてください!」

ぷりぷりと怒ったまま真結美はクラスから出ていってしまう。結局、どうしてそこまで彼女から怒られるのかわからないまま、一方的に詰られてしまった。周りの視線を痛いほど感じながら、今日は厄日だと瀬田はため息をついた。







そしてその日の昼休み、瀬田は重たい身体を引きずりながら生徒会室へ向かっていた。真結美に一方的にキレられた記憶が新しいまま、これからゆり子にも怒られるのかと思うとただでさえ脆いメンタルが崩れそうだった。
弘也にこっそりついてきてくれないかと頼んではみたものの、今日は機嫌が悪いらしい彼は絶対にうんとは言わずむしろ一人で行ってこいと教室から追い出された。

行きたくはないが、ゆり子を待たせてはいけないとも思っていた瀬田は流し込むように昼食をとると早足で生徒会室の扉の前まで来ていた。彼女が中にいるかどうかはまだわからない。正式な生徒会役員ではない瀬田はまだ気軽に鍵を借りられる立場ではないので、ゆり子が持ってきてくれるだろうと入り口前で待つつもりだった。
恐らく自分が先に来ているだろうとは思いつつ、ノックして扉を開けてみた。

「……えっ」

すんなりと開いた扉に驚いて思わず手を離す。まさかもう鍵が開いているなんて。ゆり子を待たせてしまっていたのかと瀬田の緊張度はさらに上がった。

「し、失礼します」

瀬田は恐る恐る扉を開け、同時に深々と頭を下げる。そこで鬼の形相で待っているであろうゆり子想像していたが、頭をあげた先にいたのは彼女ではなかった。

「柊二、社長室にでも入る気かよ。もっとリラックスしようぜ」

「な、夏目くん……!?」

いつも椿が座る椅子に深く腰かけた夏目に出迎えられ、瀬田は呆然とするしかない。なぜゆり子ではなく夏目がここにいるのか。慌てて部屋の中に入り辺りを見回すも、どこにもゆり子の姿はなかった。

「田中さんは? まだ来てない?」

「副会長はこないぜ。俺が話つけといたからな」

「えっ」

「俺から話しとくからって言っといた。だからもう怒られる心配はないから安心しな」

「ほ、ほんとに? 夏目くんが言ってくれたの? ありがとう」

夏目がどういう風にゆり子を説得したのかはわからないが、彼女のあの冷たい目に責められる心配がなくなりほっとする。

「やっぱり昨日のこと、みんなに広まってるよな……。中村さんだって知ってたくらいなんだから」

「あそこには人がたくさんいたからな。でもあれで柊二を見る周りの目が変わっただろうよ」

「……?」

「なあ、柊二。お前誰か好きな奴いんの? この学校に」

「え」

それは弘也にも一度聞かれたことだ。しかし今のところ瀬田にはそんな風に思える相手はいなかった。生徒会に入り、椿や詩音達と話す機会も増えたが障害を乗り越えてでも付き合いたいとは思わなかった。

「今はいないよ。ほんとに」

「だったら、俺と付き合ってくれよ」

「うん。…………え!?」

あまりに自然に言われて思わず返事をしてしまった。幻聴かと混乱する瀬田を見て夏目はいつもの笑みを浮かべていた。

「つ、つ、付き合うって……」

「俺の恋人になってくれって話だけど」

「えええ? 俺が? 何で?」

「柊二が好きだから」

「あ………そう、か。だよな…じゃないとそんなこと言わないよな」

夏目に好きだからと言われて思わず納得してしまう。冗談とも聞き間違いだとも思えないので恐らく本気で言っているのだろうが、瀬田にはとても信じられなかった。

「……嬉しいけど、夏目くんみたいな人が俺のこと、好きになる要素なんかないと思うんだけど」

「ああ、その顔は俺の事信じてないんだな」

「そういうわけじゃないけど! でも……」

「何で俺が柊二のために副会長に話つけたと思う? 学年違うから、仲良くなるの大変だったんだからな」

「え、じゃあ今までのは全部……」

「柊二、ずっとアプローチしてた俺より突然出てきた弘也とばっかり仲良くなるんだもんなぁ。あれはショックだったわ」

「……」

ずっと夏目は瀬田に絡んでいたがそれは彼の性格だと思っていた。夏目は孤立している自分を助けてくれているのだろうと。でも本当はそうではなかった…?

「で、どうなんだよ。俺と付き合ってくれるのか」

「いや、それは…」

「駄目? 男だから無理、とは言わないよな」

夏目の事を恋愛対象として見たことはない。が、告白された今それを断る理由がすぐには思い付かなかった。夏目は見た目も中身も良い、皆の憧れだ。自分にはもったいないくらいの人で、椿のように婚約者がいるわけでも、詩音のように身分の差があるわけでもない。しかしだからといって、今の今まで単なる後輩だった男と付き合うというのもおかしな話だ。

「……悪い。いきなりこんなこと言われても困るよな。返事は今じゃなくていいから」

「へ」

「俺のこと、しばらくの間考えてみてくれよ。そうだな…じゃあ返事は文化祭当日にでも。それまでにフラれて気まずくなったら、練習に差し支えるだろうし」

「……」

「これで俺の話は終わり。また放課後に会おうぜ。柊二のことだからどうせろくに食べてないんだろ」

そう言って何事もなかったかのように生徒会室から出るように促してくる夏目。瀬田は今言われたことを整理しきれないまま、笑顔を振り撒く夏目の後ろをついていくしかなかった。


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