日がな一日 002 「弘也助けて!」 やや遅れて登校してきた友人に、瀬田は一時間目が終わると即刻泣きついた。昨日の事があったせいか、弘也は今起きたと言わんばかりの不機嫌さを隠そうともせず瀬田を睨み付けた。 「うるせーな朝っぱらから毎回同じこと言いやがってお前はの○太か」 「違うんだよ。孝ちゃんとか椿くんの事じゃないんだって」 「あ?」 瀬田は今朝、副会長の田中ゆり子に呼び出された事を弘也に伝えた。恐らくは昨日の件が彼女の耳に入り、生徒会補佐失格を言い渡されるのではないかということと、いかに彼女が冷たい目をしていたかを強調して訴えた。 「お願い弘也! 昼休み一緒にきて! あんな迫力美人に怒られるなんてダメージ大きすぎる……」 「何で俺が行かなきゃなんねぇんだよ。さらに怒られるだけだろ。一人で行け」 「やだーー!」 ゆり子とまともに話す勇気もないのに、一対一で怒られるなんて無理だと瀬田は嘆いた。机に突っ伏して項垂れる瀬田を見て、弘也が思い付いたように言った。 「確かに昨日のあれは結構目立ってたけど、そんな呼び出されて二人きりで怒られるほどのことか? 別に今日行ったときに全員の前で言えばいいことだろ」 「確かに言われてみればそうだけど……じゃあなんで呼ばれたんだよ、俺」 「悪い方向にばっか考えるのはやめろ。案外、お前に告白でもするつもりかもしんねぇぞ。私と付き合ってくださいってさ」 「はああ?! ないないない」 弘也の奇想天外な予想に瀬田は全力で否定する。氷の女王とも呼ばれる田中ゆり子が男にそれも自分に告白するところなんて想像もできなかった。 「何でだよ。普通女子に呼び出されたら告白かも、ってなるだろ男なら」 「あのゆり子様だよ? ありえないありえない。そんな妄想してるのバレたらぶっ飛ばされるよ……」 「じゃあお前もしゆり子樣に告白されたら断るんだ」 「そんなわけないじゃん!!」 弘也に言われて先程よりさらに全力で否定する力強く言い切る瀬田に弘也は若干引きながら訊ねた。 「そんな怖がってるのに付き合うのかお前」 「だってあんな美人に告白されることなんかもう二度とないよ。断る男なんかいる? いや、いない!」 「お前ほんとどうしようもねえな」 超がつくほど面食いな瀬田の発言に弘也は呆れるしかない。ゆり子が瀬田に告白してくるなど冗談半分で言ったことだが、あながちないとも言い切れないと弘也は思っていた。 「ゆり子様と瀬田が付き合ったら面白いだろうな。特に萩岡あたりが阿鼻叫喚しそう。見てぇ」 「やめろよ弘也! ゆり子樣は俺なんか相手にしないよ」 「赤面してんじゃねぇぞアホ。それくらい気楽に考えて会いに行けって言ってんだよ。美女に呼び出される機会なんかもうこの先ないかもしれねーんだから、ミーハーならこの状況を喜べ」 「そ、そうか。そうだよな。いやでも何か逆に緊張してきた……」 ゆり子と二人きりで会うことを想像すると変な汗が出てきそうだった。うまく弁解する練習を今のうちから練習しておくべきかとその場で深呼吸をする。 「よお、瀬田。朝から楽しそうだな」 ゆり子に謝るシミュレーションを脳内でしていた瀬田は、突然話しかけられ現実に引き戻された。そこにいたのは萩岡孝太で、彼は瀬田にやけに含みのある笑顔を見せながら腕を引いてきた。 「こっち来い」 「えっ、何で」 「話があるからに決まってんだろ。電話も無視しやがって、いいからさっさと来い」 「ひ、弘也!」 孝太に引きずられそうになって慌てて友人に助けを求める。けれど今日の弘也はまったくもってやる気がなかった。 「駄目だ……俺今日もう眠いわ。何かあったらまた電話して」 「もうすでに何かあるから! 弘也! ひろやー!」 いくら呼び掛けても弘也はすでに机の上においたタオルに突っ伏して完全に夢の中だった。瀬田はそのままなすすべもなく孝太に拉致されてしまった。 そのまま廊下に引っ張り出され、瀬田は壁際に追い詰められる。孝太の方が背が低いにも関わらず威圧感はすさまじかった。 「お前、あの頭悪そうな女とマジで付き合うのかよ」 「り、りっちゃんのこと? まだ付き合ってないよ。卒業までにお互い相手がいなかったら付き合うって約束しただけで……」 「んなアホみてぇな約束してんじゃねーよ! 瀬田、お前はあんなしょーもない女相手にする必要ねえってずっと言ってんのに。何で言うこと聞けねぇの」 「孝ちゃん、りっちゃんは確かに横暴だし孝ちゃんにも嫌なこと言ったかもだけど、あんまり悪く思わないで。ああ見えていいところもあるし……」 「そんな話してねぇから!」 そろそろ逃げ出そうとしていた瀬田の目の前に手をつかれ、相手の顔がハッキリと見えるほど近い距離まで詰め寄られる。そのまま手をとられ、孝太の声のトーンはいっそう低くなった。 「お前なんかどうせ人をみる目なんてないんだから、俺の言う通りにしてればいいんだよ」 「えええ…」 「あんなブスと付き合うくらいなら、俺の方がいいだろ」 孝太にとっては殆どの女子がブスなので、これくらいの悪口は許容範囲であり慣れている。それよりもあの傍若無人な孝太が珍しくしおらしい声を出すものだから、瀬田も何と返せばいいのかわからなくなった。 孝太からはこれまでかなり酷い扱いを受けてきたが、今は瀬田に対して女を口説くような事を言ってくる。よくよく考えてみると、俺様タイプの孝太は女子にだってそんな風に言ったことはない。 「こ、孝ちゃんストップ」 「は? 何で」 キスでもしてくるのではと思うほど距離を詰められ、顔を背けて拒否をする瀬田。孝太はあからさまに不機嫌な顔になったが、そんな彼を見て瀬田は叫ばずにはいられなかった。 「ここ廊下! いま休み時間! 俺ら男同士!」 「あ?」 人通りの多い学校の廊下で、男同士メロドラマを繰り広げる瀬田と孝太は嫌でも目立っていた。ホモがいると遠巻きで見られている事を瀬田に指摘されて、孝太は見るなとばかりに周りを睨み付けてギャラリーを蹴散らした。 「別に他人なんかどうでもいいだろ」 「よくないよ! 周りの引いた視線凄いよ!」 「お前がそんなに気にするなら、俺の部屋でもお前の部屋でもいいからそこで話そうぜ」 「いや……俺の部屋は弘也以外立ち入り禁止って言われてるから」 「はあ? 誰に」 「弘也に……」 「何なのお前、あいつと付き合ってんの?」 すっかり弘也の言いなりになった瀬田に孝太が呆れていると、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。変に真面目な孝太は渋々ながらも教室に戻ってくれて、なんとか瀬田はこの場はとりあえず逃げのびることができた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |