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日がな一日
先手必勝


瀬田とその後食堂には行かず、そのまま弘也の指示で購買でパンを買って瀬田の部屋へ帰ることになった。
瀬田はあの場で孝太と椿が大人しく帰してくれたことに驚いていたが、実際のところ二人共ただの友人である弘也に連れていかれた方がマシだと思っただけのことだ。孝太を相手になどしていなかった椿も、瀬田に関しては孝太を邪魔物として警戒していた。


ずかずかと瀬田の部屋に乗り込んだ弘也は、そのまま勝手に人のベッドの上に座る。瀬田は二人部屋を一人で使っていたので、弘也もお構いなしに寛いでいた。

「瀬田、俺からお前にありがたい言葉を与えてやる。それ食いながらでいいから聞きやがれ」

「うん」

「お前、前から色々と流され過ぎ。椿のことといいあのギャルのことといい、ちょっとは自分の意思を貫けよ」

「弘也がちゃんと向き合えって言ったんじゃん」

「付き合えとは言ってねーし。あのおっぱいギャルにはああ言ったけど、お前ってそもそも今好きな奴いんの? その前に、人を好きになったこととあるわけ? そんなんじゃ卒業までに恋人なんかできねーだろ」

「し、失礼な。俺だって好きな人くらい……」

「じゃあ言ってみろよ」

改めて聞かれると、自分がいま誰を好きで誰と付き合いたいかなどわからない。ここ最近まで恋などできる状況ではなかったのだ。

「……うーん……椿くん?」

「それは違うって話にこの前なっただろーが!」

「じゃあ孝ちゃん……いや、それはないな」

「そこに自力で気づいてくれて嬉しいよ」

「だったらやっぱり立脇さんかな! 可愛いし優しいし、孝ちゃんとは付き合ってなかったみたいだし」

「夢見るのは勝手だけど、あのぶりっことお前は付き合えないからな。なんで萩岡と付き合ってないのか思い出せ。前自分で言ってたじゃねぇか。立脇家は萩岡レベルの家柄でも交際を認めない程のセレブ一家なんだぞ。庶民のお前じゃまず無理」

「うう……じゃあどうすれば……」

恋人候補どころか友人すら数えるほどしかいないのだ。瀬田の言葉に弘也は深いため息をついて言った。

「ならもうあのギャルと今から付き合っちゃえば? 付き合ったら好きになれるかもよ」

「それはない」

「オメーそんなんでよくあの女と付き合うとか言えたな!」

「りっちゃんと恋人になるのは想像できないけど、家族になるイメージならできるよ。俺達倦怠期の夫婦みたいなもんだし」

「知らねーよ。ならもう卒業と同時に籍でも入れろよ。あとで後悔しても助けてやんねーからな」

付き合う付き合わないは本人の自由だが、幸せになる未来がどうしても想像できないので、弘也は瀬田が安易に律花を受け入れてしまったことに怒っていた。そして椿や孝太がこのままそれを黙って見逃しておくはずがないとも思っていた。

「明日からお前、大変なことになるぞ。萩岡と会長から逃げる方法、考えておけよ」

「待って俺いまそれどころじゃないんだよ。演劇部とテストが……」

「ガンバ」

演劇部の練習と生徒会の仕事、それに加えて中間テストも控えている。孤立していた時よりもずっと、いまの瀬田は悩みがつきなかった。









そして次の日の朝、早速事件は起こった。前日、弘也が帰った後一人で勉強して寝不足だった瀬田は、靴箱前で声をかけられるまで、相手が近づいてきているのに気がつかなかった。

「おっはよ〜柊二」

瀬田に声をかけてきたのは夏目で、彼は朝から爽やかな表情で挨拶をしてくる。ただ立っているだけで目立つ彼は周りの視線を独り占めしていたが、瀬田ももれなく夏目の笑顔に釘付けになり眠気も吹っ飛んだ。

「おはよう、夏目くん。朝からよく会うね」

「絶対柊二と部屋出る時間被ってるよな〜。昨日あの後大丈夫だったか? 何か色々もめてたみてぇだったけど」

「うん、あの後弘也が一緒にいてくれたから。約束してたのに行けなくてごめん」

「いーって、また次の休みの時でもいいし。気にすんなよな」

相変わらず頼りになる先輩のような後輩、夏目に笑顔でそう言われて瀬田は頷いた。寝不足で疲れていた瀬田が夏目の笑顔に癒されていると、背後から透き通った凛とした声で名前を呼ばれた。

「おはよう、瀬田くん。夏目くん」

「……? えっ、田中さん!?」

瀬田達を呼び止めたのは田中ゆり子で、彼女はいつも通りの無表情で立っていて、まさか挨拶されると思っていなかった瀬田は動揺していた。

「おっはよー副会長」

「お、おはよう田中さん」

夏目がいるからついでに挨拶してくれたのか、と納得していたがゆり子の目線はどちらかというと瀬田に向けられている。ゆり子に見られている緊張で固まっていると、彼女は普段よりもさらに冷たい氷のような声で言った。

「瀬田くん、今日の昼休み少し話があるんだけど」

「え、話……?!」

「そう、大事な話だから。今日のお昼、生徒会室に来て」

「わ、わかりました」

「よろしく」

それだけ言うとゆり子は早足で瀬田達の前を通りすぎる。なぜ彼女から呼び出しを受けたのかわからず瀬田は助けを求めるように夏目を見た。

「田中さん、どうして俺を……」

「俺も何回か呼び出されてるぜ。前に副会長のことゆり子って呼んだら裏でぶっ飛ばされてさぁ」

「え!? じゃあやっぱり俺も怒られるの!?」

「どんまい」

「否定してよ!」

夏目はニヤニヤしながら自分の体験談を話し焦る瀬田を追い詰めていく。昨日の騒動がもしかするとゆり子の耳にも入ったのかもしれない。生徒会役員失格の烙印を押されてしまう、このときの瀬田は本気でそう思っていた。


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