日がな一日
004
「いやいやいや、そーじゃないだろ!」
弘也に盛大に突っ込まれて、派手にどつかれた瀬田。律花が目を輝かせる中、弘也は瀬田がおかしくなったと思い身体を揺さぶった。
「お前あいつと付き合うの? 好きでもないのに? ハッキリ断るんじゃねぇの?」
「俺とっくにハッキリ断ってるってば。でもこの17年間、りっちゃんがいようといまいと俺には恋人ができなかった。りっちゃんは俺と付き合いたいってずっと本気で言ってくれてたのに、それを女性として見られないからといって、断り続けるのは間違いだと思ったんだ」
「は?……いや、は?」
恋愛感情があるとかないとか、そんなことは最早問題ではない。弘也の言う通り、逃げるのはやめてここで彼女と向き合わなければ男とはいえない。覚悟を決めた瀬田に律花が満面の笑みを浮かべた。
「ほんとに? 今度こそ卒業までに誰とも付き合ってなかったら、うちの彼氏になってくれる? 中学の時みたいになかったことにしない?」
「いや中学はりっちゃんが一方的に言ってただけだし、ぶっちゃけ俺に彼女ができないように裏工作してたよね!?」
「げっ、何でそれを……!?」
「クラスメートから聞いたんだよ! りっちゃんが女子に柊二とは話すなって脅してるって」
女子のボスだった律花に逆らう者はなく、結局中学3年間瀬田が異性と話したことは数えるほどしかなかった。しかもそれを知ったのが卒業間近だったので、それまで瀬田は自分が女子に嫌われているとばかり思っていた。
「……いや、今はそれはもういい。高校でも結局似たようなもんだったし。今度はちゃんと約束するから」
「柊二ー!」
テンションが上がりきった律花に思いきり飛び付かれ、倒れそうになりながらもその身体をキャッチする。そのまま力任せに抱き締められそうになるのをなんとか食い止めた。
「もー、何で止めんの!」
「まだ卒業まで一年以上あるし、りっちゃんと付き合うって決まったわけじゃないから」
「へへ〜、今はそれでもいいよ。柊二が前向きに考えてくれて嬉しいな」
「ちゃんと考えるから、悪いけどりっちゃん荷物持って今日は帰って」
「えっ、もう!?」
「面会申請出してないからあんまり長居させてあげられないんだよ。ここでこれ以上喧嘩され……先生に目つけられて出入り禁止になったらりっちゃんも困るだろ」
「はいはい、わかりましたよ。仕方ないなぁ。でも今日言ったこと、後からなかったことになんてできないんだからね」
「わかってるって」
律花は大人しく荷物をまとめると、持っていた紙袋を瀬田に差し出した。
「これ、おばちゃんから。柊二わたしてくれってさ」
「母…さんから? 何だろ」
「手作りのお菓子とか、服とか。柊二気がついたら同じ服ばっか着てるんだもん」
「ええ、そんなのいらないのに……」
「ばか、ちゃんと後でお礼の電話入れときなさいね」
律花から渡された袋を渋々受け取り、中をちらっと覗く。以前母に電話で何度か必要なものはないかと聞かれていた瀬田だが、ずっといらないと断っていたのにまさか幼馴染経由で渡されるとは思ってもみなかった。
「じゃ、うちは言われた通りもう帰るから。また遊びに来るね」
「今度は絶対連絡してから来てくれるよね!?」
「柊二がちゃんと返事かえしてくれたらね。あ、柊二、校門まで送って?」
「駄目だ。瀬田はこれから用事があるんだよ」
律花を送るため立ち上がろうとした瀬田を孝太が止める。昼食をとるくらいしか用事と呼べるものはないが、孝太の形相を見て黙っておくことにした。
「用事ってなに?」
「お前には関係ねーよ。さっさと帰れ」
「ふーん、まあ良いけど。今は機嫌が良いからそういうことにしてあげる。柊二、見送りはいいわ。あとで連絡するね」
律花は柊二から自分の求める答えを引き出せたので、満足してあっさりと帰ることを了承した。孝太に勝ち誇ったような笑みを向けることを忘れず、スキップしそうな勢いで歩くその背中見て、瀬田はようやく肩の力が抜けた。
「瀬田くん」
律花がいなくなった後、普段よりも低い声で椿が瀬田を呼んだ。心なしか表情も不機嫌になっていた。
「この後話がある。僕の部屋へ来てくれ」
「え」
「おい待て、瀬田には俺が話があるんだよ」
椿だけではなく孝太までもが瀬田をにらみつけてくる。明らかに今の一件のせいだが、瀬田は彼らに弁明する事を考えるだけで頭が痛くなった。
「いやいや、実は柊二と先に約束してたのは俺なんだよな〜。二人はまた今度ってことで」
「お前今は関係ねーだろ! 入ってくんな夏目」
先輩をたてるとか空気を読むということを知らない夏目も参入して、せっかく律花に帰ってもらったというのに不毛な争いが始まろうとしていた。そんな男達を見て、弘也が馬鹿馬鹿しいとばかりにため息をついた。
「お前ら、騒いでるとこ悪いけど、瀬田は俺と先約がある」
「は?!」
「だよな、瀬田」
「え」
「だ、よ、な」
「……あ、はい」
「悪いな、お前ら。これも親友の特権だ。ほら瀬田、早く来いよ」
弘也との約束などなかったが、彼に逆らうこともできず腕を掴まれ強制的に連行されそうになる。瀬田は三人、特に最初に約束していた夏目に頭を下げて謝り、半ば引きずられるようにして弘也についていった。
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