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日がな一日
003


「えっ、えっ何……って弘也?!」

いつの間にか背後にいた杵島弘也にそのままずるずる引きずられ、人混みの中心から引き上げられる。律花と孝太の口喧嘩に周りは気をとられていたので、幸い瀬田が消えたことは誰にも気づかれなかった。

「な、何してんの」

「アホ、それはこっちの台詞だ。お前が放送で呼び出されてたから見に来てやったんだろ」

「わざわざ俺を心配して…? 弘也が……?」

「放送前お前が部屋にいねーから小林が俺んとこに来たんだよ! おかげでうちのマリが見つかるところだったんだぞ。お前がちゃんと小林と会えたか確認するまで、迂闊にカゴから出せねーだろうが!」

「ご、ごめん」

弘也は小声で瀬田を叱りながら、争いを続ける孝太達を横目に見る。孝太にも怯むことなく罵る律花を見て、おっかないとでも言わんばかりの顔をした。

「うわー、何だよあの強そうな女子。つか瀬田、俺には彼女いないって言ったくせに、なに女呼んでんの」

「りっちゃんは彼女じゃないってば」

「でもさっき自己紹介してたじゃん。瀬田の彼女だって」

「あれはりっちゃんの嘘だから」

瀬田は改めて律花との関係を説明した。律花は幼なじみだったが彼女にはずっと虐げられてきた。女子には優しく、常にレディーファーストを心がけること。律花からそう教え込まれたおかげで、今の瀬田がある。同年代ではあるが律花は瀬田にとっては逆らえないボスで、そこに恋だの何だのという甘い感情はいっさいないのだというのをこれでもかというくらい力説した。

「……事情はわかったけど、わざわざこんなとこまで来るって言うことは、だいぶお前のこと好きなんじゃん。お前のヘタレなとこ知ってても好きとか言ってくれんだから、もう付き合っちゃえば?」

「何で今の話聞いててそーなるんだよ! りっちゃんは都合のいいパシリが欲しいだけなんだって」

「ちょっとケバい感じだけど、スタイルはいいじゃん、胸でかいし。でもお前の好みの立脇とは真逆っぽいよな〜残念」

「話聞いてる!? てかりっちゃんをそういう目で見るのはやめて」

「別に俺は興味ねぇよ。瀬田を好きな女なんかごめんだし。お前どうせ曖昧な返事しかしてねぇんだろ? その気がないならきっぱり断ってやれよ。ずっとあの女にいびられてたんだったら尚更だろ。もう顔も見たくないぐらい言ってやれ」

「いや、それは……」

今ではもう別人のような姿になってしまっているが、幼少の頃から一緒にいる律花は瀬田にとっては家族のような存在だった。この学校には律花から逃げたくて来たところもあるが、だからといって心の底から嫌いにもなれない。

「逆だよ。たしかにりっちゃんは俺に優しくなかったけど、昔俺が周りから避けられてた時、りっちゃんだけは俺の側にいてくれたから」

「昔? いつの話だよ、それ」

「小学生のとき。俺がテレビ出てた時だよ。子役だからってクラスの人気者になれるわけじゃないんだ…。俺の場合その逆で、テレビに出だしてから調子のってるとか言われて……うああ……」

嫌な記憶が一気によみがえってきて瀬田は頭を抱える。当時は今よりも子供で、なぜ嫌われるのか理由もわからなかったので、とてもつらかった。しかし律花はそんな中でも唯一瀬田の味方をしてくれて、悪口を言うクラスメイトから守ってくれた。今でも瀬田はその事を忘れていなかった。

「りっちゃんがいなかったら俺、もっと悲惨な人生送ってたと思うから。だから俺……」

「あー! もうだから何なんだよ! あの女に嫌われるのが嫌とか、可哀相だとか考えてんのかもしれねぇけど、そんなの相手のためにならねーんだから、この場でいい加減ハッキリさせてこい!」

「えっ」

突然弘也に背中を押され、再び律花と孝太のところへ戻される。それに気づいた律花が慌てて瀬田のところに駆け寄ってきた。

「ちょっと柊二! 何なのこいつ超ムカつくんだけど!」

「ムカつくのはテメーだろ! 柊二こんな奴さっさと追い返せよ」

「二人とも落ち着いて。りっちゃんとにかくいったん座ろう」

二人の喧嘩を止めさせようと、とりあえず律花を移動させる。ロビーに置かれた椅子に律花を座らせたが孝太はもちろんのこと椿や夏目もついてきた。夏目はともかく、椿や孝太がいては話がしづらい。けれど瀬田が二人に何か言えるわけもなく、そのまま律花と話すことになった。

「よっ」

律花を座らせた真向かいになぜか弘也が座り律花に挨拶する。予想外のことに瀬田も驚いたが、弘也はそのまま話し続けた。

「俺は杵島弘也、瀬田の現親友だぜ」

「は? なにアンタ、うちは柊二と話したいんだけど」

「まあまあ、いくら話したいからって、こんな風に急に来たら瀬田だって困ると思うけどな〜彼女でもあるまいし」

「これからなるの! だよねっ、柊二」

「うーん」

「何でそこで悩むわけ?!」

「だって瀬田には好きな奴がいるから。あんたと付き合う気はさらさらないんだよ」

「な……」

弘也の突然の言葉に、律花だけでなく瀬田も凍りつく。何を言い出すんだと止めようとしたが、弘也がそれを手で制した。

「瀬田はもうそいつのことしか考えてねぇからさ。"親友"の俺には話してくれたけど、あんたもしかして知らなかった?」

「柊二、それほんと!?」

「う……」

律花に迫られて瀬田は思わず口ごもる。椿や孝太のいる前で嘘はつけない。瀬田が控えめに頷くと、律花が悲鳴をあげた。

「いやーっ、なにそれ! 誰?? 柊二をたぶらかしたのはどの女!? 言え! 言えよコラ!」

「付き合ってるわけじゃないし、俺の片想いだから……っ」

「はぁ? 柊二が片想いなんてありえないし。絶対騙されてるからそれ! そんな女やめなよ!」

「……りっちゃんには関係ないじゃん」

詰め寄られてあまりの気まずさに俯き、視線をそらす。律花から距離をとって明らかな拒絶を見せる瀬田にショックを受けた律花は、今まで見たことのないような顔をしていた。

「何で…? 何でよ柊二。うちが柊二の好みのタイプじゃないから? ノーメイクでも可愛い正統派美人じゃないから、うちのこと好きになれないっていうわけ?」

「いや、あの……」

「それとも柊二はうちのこと嫌いになった? だから顔も見てくれないの」

「りっちゃん、俺は」

「柊二の馬鹿! 面食い! うちのことが嫌いなら、早くそう言えばいいじゃんか」

「りっちゃん!!」

叩こうとして振り上げた律花の手を掴んで、瀬田は珍しく声を荒げる。大人しくなった律花に瀬田は手を掴んだまま話を続けた。

「俺はりっちゃんの事、嫌いじゃないよ。……絶対に嫌いになれないの、知ってるだろ」

「じゃあうちと付き合ってくれる?」

「いや、付き合わないけど。だってりっちゃん、俺のこと子分ぐらいにしか思ってないだろ」

「アホ!」

「痛っ」

「そんなわけないじゃん! 柊二が好きだから、好きだからこんなとこまで来てんじゃん!」

律花に逆の手で今度こそ平手打ちされ、瀬田は頬を押さえる。彼女の本音を聞いて瀬田は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
律花が自分をそんな風に見ていてくれたことが信じられなかったが、恋人になれと言ってきた時点で理解するべきだったのだ。そして律花を女として見ることはできない以上、ハッキリと断るしかなかったが、涙目の律花を見ると胸が痛んだ。
律花は瀬田にとっては最早姉弟のような存在で、向こうも同じ気持ちだと思っていたのにいつから変わってしまったのか。律花には昔から情けないところばっかり見られてきたというのに。

「どんな女か知らないけど、うちの方が絶対柊二のこと好きだし、もしいなくなったらと思うと超つらいもん。柊二は、うちのことそんな風に思ってないかもだけど、うちは……」

「……」

律花の事をどうしても恋愛対象として見ることができない。だから今までずっと逃げてきた。けれど律花には感謝しているし、友達としては誰よりも好きだ。きっと律花がいなくなれば自分も寂しいと思うのだろう。

「瀬田、女がここまで言ってきてんだぞ。お前も誠意ある返事をしてやれ」

弘也に肩を叩かれて促され、瀬田は頷く。いい加減、逃げるのは終わりにしなければ。

「…わかったよ。りっちゃん、もしお互い高校卒業までに恋人ができてなかったら、今度こそ俺と付き合おう」

「……はあ?!」

律花への返事を聞いた弘也が思わず怒鳴るように叫ぶ。そして弘也と同時に、瀬田の有り得ない言葉に殺気立った男が他にもいた。


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