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日がな一日
きっかけ


次の日は学校が休みだったため、朝から夏目と一緒に演劇部の練習に参加した。瀬田の課題は声量だったので、殆どが発声練習だったが部長の藤村の指導のもと、ずっと声を出し続けていた。
脚本は演劇部オリジナルのもので、瀬田扮するディックは藤村が演じるダスティに復讐のために近づき、その妻であるエレナを奪おうとするドロドロの劇だ。あまり文化祭には相応しくない内容だが、藤村いわくこれくらいの方が生徒達のウケはいいらしい。
そういうわけで練習は殆ど藤村とヒロイン役の白戸と行っていた。村人Aの夏目の台詞はかなり少なかったが、下手すぎる棒演技のせいか積極的に基礎練習にも参加していた。




「俺、最初よりかなり上手くなってると思うんだよな。部長にも褒められたし」

演劇部の練習後、廊下を歩きながら夏目は瀬田に嬉しそうに報告してくれた。

「つってもまあ、俺の台詞なんか一瞬で終わるし柊二の方が大変なんだけどさ。俺も柊二くらい演技力あれば、主役できたかもしんないのに」

「いやいや、俺好きでやってるから。とりあえず台詞を覚えられるかが心配だけど、頑張るよ」

周りに半ば強制的に引き込まれたのは事実だが、参加させてもらって良かったと今は思っている。どうなるかはやってみなければわからないが、これがきっかけになってこの後ろ向きな性格を変えられるかもしれない。

「そうだ、柊二午後から暇? 一緒に練習しねぇ?」

「うん! 俺もやりたい。台詞早く覚えたいし」

休日は弘也も殆ど相手してくれないので、休みの日に誰かと会ったりすることがない瀬田は大喜びで頷いた。しかも何度見ても飽きないワイルド美形の夏目と過ごせるなんて、瀬田としては断る理由がなかった。

「じゃあついでに昼飯一緒に食べようぜ。食堂行くだろ。柊二財布持ってる?」

「うん、ちゃんと持ってきてるよ。あー、なんか急にお腹すいてきたかも……」

のんびり昼ご飯のメニューを考えながら歩いていた瀬田は、目の前に現れた男に思わず足を止める。その男は堂々とした足取りで瀬田達の前まで来ると笑顔で口を開いた。

「おはよう、二人とも」

「椿くん…?」

心構えもなく椿の姿をまともに見てしまい身体が強張る。その笑顔が眩しすぎて思わず見惚れた瀬田は慌てて表情を引き締めた。

「はよーっす、会長。こんなとこで何してんの?」

「瀬田くんに会いに来たんだ。杵島くんに演劇部の練習してるって聞いたから。一応、昨日メールしたんだけど……」

「えっ、嘘! あ、ごめん忙しくて携帯見れてなかった…」

携帯電話があると集中力を欠くので、昨日から電源を切っておいた。連絡を無視してしまったことをひたすら謝る瀬田に、椿は気にしてないと笑顔を見せた。

「いいんだ、瀬田くんが忙しいのはわかってるから。今日は君を誘おうと思って来たんだ」

「誘う……?」

「午後から僕と一緒に勉強しないかと思って。もうすぐ中間だし、瀬田くん勉強できてないだろう。頭があまり良くないようだし」

「すごいハッキリ言ったね?! いや確かにできないけど…」

「大丈夫、僕が見てあげるよ」

「えーっと」

大変ありがたい話ではあるが、午後からは夏目との約束がある。それに椿とはなるべく二人きりにならないようにしようと思っていたので、なんと断るべきか言葉を選んでいると、途中で夏目が口を挟んできた。

「じゃあ会長も一緒に食堂行っちゃう? 俺と柊二昼から劇の練習しようと思ってたけど、まとめて勉強もやればいーじゃん」

「君も…いるのか…?」

「おうともよ」

笑顔だった椿の表情が一瞬陰るが、仕方ないと頷く。三人で午後を過ごすことが強制的に決まりつつあったとき、校内放送が入った。

『2年8組、瀬田柊二。今すぐ一階ロビーまで来なさい。繰り返します、2年8組、瀬田柊二……』

「えっ、俺!?」

自分の名前がスピーカーから聞こえ飛び上がって驚く瀬田。こんな風に呼び出されたのは初めてで、自分が何かしでかしてしまったのかと焦った。

「何で……今まで慎ましく生きてきた俺が何で……?」

「今のって寮監の小林先生だろ? 何か怒ってなかった? 口調が」

「うえーー、まったく心当たりがない」

「とにかく行ってみよう。誤解があるなら僕が先生を説得するから」

弘也がこっそり鳥を飼ってる事がバレたのかとも思ったが、それなら瀬田ではなく弘也が呼び出されるはずだ。何も悪いことはしていないのだから堂々としていればいいのに、妙にそわそわしてしまう。椿に促され、気が重くなりながらも瀬田はロビーへと向かった。



一階のロビーはかなり広い空間で、イスやテーブルがいくつも置かれている。そのため生徒の憩いのスペースでもあったが、瀬田達が到着した時はやけに人が多かった。

「何これ、何の集まり?」

「さあ…? 人が多くてよく見えないな。小林先生はどこだ」

「おい瀬田!」

突然名前を呼び出されて身体が固まったが、瀬田を読んだのは先生ではなくジャージ姿の孝太だった。

「こ、孝ちゃん?」

「お前何か小林に呼び出しくらってたけど、何やらかしたわけ」

「それが俺にもさっぱり……って孝ちゃんは何でここに」

「それはこっちの台詞だ。何でお前とこいつらが一緒にいるんだよ」

孝太は鬼の形相で夏目と椿を睨み付ける。椿は従兄弟の怒りなど歯牙にもかけず、笑顔で受け答えしていた。

「おはよう孝太。お前は、あの青シャツ着てないとオーラがまったくないな。ただの不良に見えるぞ」

「ああ?!」

「冗談だ。孝太は瀬田くんに何か用事でもあるのか」

「あるからここまで来たんだろうが。瀬田、お前どうせテスト勉強なんかしてねぇんだろ。テストで点とれなきゃ生徒会にはいられねぇぞ。俺が教えてやるから部屋に来い」

「えっ孝ちゃん教えてくれるの」

孝太の誘いについ飛び付いたのは、1年の時勉強を手伝ってもらってかなり助かったからだ。けして素晴らしい成績、とはいえなかったが少なくとも赤点ではなかったし、追試も受けずに済んでいた。

「その心配ならいらない。瀬田くんには僕がおしえるから」

「はあ? 何でお前が出てくんだよ。こいつのアホは俺じゃなきゃ何とかできねーんだから」

「僕の方が成績はいい。瀬田くんがどんなに頭が悪くても理解させられる自信がある」

「なんか二人して俺を馬鹿にしてない!?」

生徒会二人が口争いを始めたところで、周りにいた生徒の視線が集まり始める。彼らを止めようとしていた瀬田は隣にいた夏目に手を引かれた。

「柊二、先生のところ早く行かねぇと駄目だろ。今あいつらは放っといて、さっさと済まそうぜ」

「う、うん」

人混みをかき分けて進むと、すれ違う生徒達からじろじろと見られた。人気者の夏目に手を引かれているからだと思っていたが、仁王立ちで待ち構える教師、小林とその横にいる女子を見てそれが間違いだとに気づいた。

「りっちゃん……?!」

そこにいたのは茶髪で化粧の濃い同年代の女子。明らかにここの生徒ではなかったが、瀬田は彼女の事をよく知っていた。


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あきゅろす。
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