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日がな一日
005


「夏目くん瀬田くん、待ってたよ〜!」

夏目と瀬田が入ると同時に盛大に出迎えられる。部長の藤村をはじめとした部員達全員に拍手され、瀬田は何度もペコペコ頭を下げていた。

「どうも皆、俺は夏目正路! これからヨロシク!」

夏目は助っ人の風格を全面に出しながら、臆することなく挨拶をする。相変わらず誰に対しても敬語を使おうとしないが、大人びた風貌のせいでまるで違和感がない。

「2年の瀬田柊二といいます。迷惑かけることも多いと思いますが。ご指導お願いします」

「瀬田くん、そんなに硬くならないで。うちは部員が少ないから来てくれただけで大助かりだよ。忙しいのに本当にありがとう」

藤村の優しい言葉に今まで人に避けられてばかりだった瀬田は地味に感動していた。緊張している瀬田の隣で夏目はにこやかに手を振っていた。

「そんなのノープロブレム! 生徒会が困ってる生徒を助けるのは当然だからな。どんな役でもこなしてみるぜ」

「頼もしいよ夏目くん…!」

その後、部員全員が俺たちに自己紹介してくれた。何度か演劇部の劇を見ていた瀬田には見知った顔が多かった。ここにいる部員と休んでいる塩谷を含めて全員で7人。瀬田と夏目を含めて9人となる。そのうちの一人の女子生徒はすでに名前を知っていた。

「2年の白戸莉桜(リオ)です。瀬田くんは1年の時同じクラスだったよね」

「うん、久しぶり。よろしく白戸さん」

演劇部の白戸莉桜とはクラスメートだった時も殆ど話したことはない。普段はどちらかというと地味な印象の生徒だが、舞台の上で女優になると別人のように綺麗になることを瀬田は知っていた。この部では塩谷と白戸の二人が主役をやることが多かった。
自己紹介が終わったところで、部長の藤村が昨日も見た台本を取り出してきた。

「演劇は役に入り込むのが大切なんだ。とりあえず瀬田くん、もう一度皆の前で塩谷がやるはずだった役を演じてみてもらっていかな。うまくできなくてもいいから、この台詞を言ってみて」

「…は、はい!」

「部長、俺は?!」

「夏目くんはもうい……じゃなくてまた今度ね」

藤村から台本を受け取り目を通す。ざっと見たところどうやらこの話は不倫三角関係のドロドロ愛憎劇らしい。塩谷が演るはずだった男、ディックが友人の妻を口説く前も演じたシーンだ。

「今回はヒロインの白戸さんと読み合わせしてもらうよ。三行目、ディックが友人の妻、エレナを口説くところから」

同じく台本を持った白戸が目の前に立つ。瀬田は緊張を解くためにゴホンと咳払いをして、台本から目を離し口を開いた。

「『エレナ、君はとてとも美しい。アイツには勿体ないよ。ダスティなんかよりずっと、俺は君を深く愛している。どうか俺を選んでくれ』」

白戸の顔を見ながら、台詞を最後まで言えたことにほっとする。台本に目を落とすと次は白戸の台詞だ。けれど彼女はぽかんとした顔で瀬田を見つめたままだった。

「……ん? 俺何か間違えた……?」

「瀬田くん、君……」

声をかけてきた藤村も、周りの部員も様子がおかしい。何かまずいことをしてしまったのかと慌てていると、藤村部長から口からとんでもない言葉が飛び出した。








「お前、何でそんなに暗くなってるわけ」

その日の夜、弘也の部屋に来ていた瀬田は台本を読みながら項垂れていた。弘也は一人オセロをしながら様子のおかしい瀬田に訊ねた。

「演劇部でなんかあったわけ」

「そ、それがさ……、今日俺、塩谷くんの代役に抜擢されちゃって」

「へえ、良かったじゃん」

「良くないよ! だって主役だよ? 台詞の量も凄いし、殆ど出突っ張りなんだよ? 無理無理、ぜったい無理」

「何でお前がそんな大事な役任されちゃったわけ?」

「演技が棒じゃないからって。素人にしては上手すぎる、才能があるって」

「まぁ、素人じゃないからな」

「うう……滅多に褒められることないから嬉しい…」

「嬉しいのかよ!」

思わぬところで演技力を褒められた瀬田は、経験者であることを言えず才能があると思い込まれ代役に抜擢されてしまった。無理だと何度も言ったが、君しかいないと先輩である藤村に頭を何度も下げられては断りきれなかった。

「でも声量がまだまだ足りないからって、その後はずっと発声練習してた……」

「はは、もう断るチャンスなくなってんな」

今日演劇部でしたことは腹筋背筋、腹式呼吸と発生練習。まるで運動部にでも入った気分だった。瀬田と違い声の大きさを褒められていた夏目も、台詞は少ないが役を貰っていた。

「で、お前はそれを愚痴るために台本まで持って俺の部屋に来たわけ?」

「ううん、俺の部屋で発声練習すると周りに迷惑だから、ここでならいいかなって」

「俺の迷惑は考えねぇのか。てかお前ヤル気満々だな」

「だって俺が劇を台無しにしちゃったら大変じゃん! もうあんまり時間もないし、練習しないと」

「んー、まあ幸い明日は休みだし部屋貸してやってもいいけど。瀬田、勉強はいいのかよ」

「え」

「もうすぐ中間テストだろ」

「あっ!」

弘也に言われるまで失念していたが、中間テストまで2週間を切っている。いつもギリギリの点数をとっている瀬田には、すでに崖っぷちだった。

「ああ……どうしよう。勉強全然してない…終わった…」

「落ち着け、まだ終わってない。今からやればいいだろ」

「無理だよ、授業受けててもすでに追い付けてないし、もうどうしようもないよ。やっぱり、劇は断るべきなのかな……」

授業態度はいたって真面目だが、背伸びして入学したこともあり瀬田にはどの教科もハイレベルだった。特に数学は一度躓いてからまだ立ち直れていない。

「お前は一応実力で受かって入学してんだろ。だったら元は良いんだから頑張れよ」

「ここ受かったのは奇跡なんだよ〜。中学でも無理だってずっと言われてたんだから」

受験の時は人が変わったように勉強漬けの毎日を過ごしていたが、受験が終わればすぐに燃え尽きてしまった。とにかく家を出たかったが故におこした奇跡とも言える。

「俺は俺のことを誰も知らない所に行きたかったけど、親が許してくれなくて。この学校に受かるくらいの気概を見せたら、許可しても良いって言われたから死ぬ気で頑張ったんだよ……もうあんなヤル気出せない」

「そんなに地元を出たかったのは、悲惨な中学時代だったから? いじめとか?」

ズケズケと踏み込んでくる弘也に、瀬田は昔を思い出す。中学にもなれば瀬田は有名人でもなく、ただ昔テレビに少し出ていたことのある普通の少年だった。子役をしていた頃は色々あったが、幼馴染みが一緒にいてくれたのでそんな悲惨なものでもなかった。けれど瀬田を人見知りで目立つことが嫌いな性格にするには十分な経験だったのだ。

「俺はあのままだったら、ずっと自分を変えられないままだと思ったんだ。だから誰も俺を知らない場所に来て、いちからやり直したかった。ずっと人にどう思われるかとかばっかり気にして、生きてたくなかったから」

ここでも友達がいなくなった時、やっぱり自分はダメな人間なのかもしれないと落ち込んだ。けれど弘也が来てくれたことで、瀬田は色んな意味で救われたのだ。

「じゃあさ、劇に出るってのはいいきっかけかもよ。自分を変えるチャンスってやつじゃん」

「弘也……」

「勉強は……まあ。留年さえしなければいいだろ。お前は好きなことやれよ」

「……うん、そうだよね」

もう一度演技をしたいかと言われるそういうわけではないが、自分を変えるチャンスではある。これがもし成功すれば新しい自分になれるかもしれないと、瀬田は勉学よりも劇を優先することにした。


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