日がな一日
003
「無理無理無理、ぜったい無理!」
殆ど叫ぶように拒否して、瀬田は弘也の肩を掴んだ。彼は瀬田の責めるような視線も周りの怪訝な目を気にもせず藤村に話しかけた。
「大丈夫っすよ、部長さん。この瀬田という男は必死に頼み込めば何でもやってくれます。上半身ヌードくらいなら余裕です」
「何の話だよ、何の!」
「本当に? 瀬田くん」
勝手に売り込みを始める友人に怒るも、藤村にすがるような目でみられて口ごもる。このまま拝み倒されたらますます断りづらくなってくるのはわかっていたので、瀬田は首を大きく振った。
「無理です! 俺バカだからセリフなんか覚えられないし、だいたい俺が出てもお客さんなんて集まりませんよ」
「そんなことねーって。お前ある意味有名だし、舞台映えもするだろうし。なっ、部長」
「それは勿論」
確か彼らの言う通り、悪目立ちしている自分なら話題にはなるかもしれないが、だからといってすんなり劇に出られるわけではない。しかしなおも首を横に振り続ける瀬田の肩に弘也が腕を回して藤村にアピールをし続けた。
「瀬田は真面目な男ですし、こいつの演技力には定評があります。なんたってこいつは…」
「弘也余計なこと言わないでマジで」
窒息させるかのような勢いで弘也の口を塞ぎ、強制的に黙らせる。瀬田と弘也が二人でもみ合っているうちに、藤村はどこかから出してきた一冊の本を差し出してきた。
「瀬田くん、試しに一度塩谷がやるはずだった役を演じてみてくれないかな」
「えっ、俺が? 今?」
「うん、これがその台本。瀬田くんならディック役にイメージぴったりだし」
「ディック…? 外人?」
ぐいぐい台本を押し付けられて、断りたいのについ受け取ってしまう。藤村は笑顔でページをめくり、早速指示を出してきた。
「夏目くんにもやってもらったんだけど、ここ、このシーンね、ディックが親友の妻をこっそり口説くところ」
「ディック凄い悪い奴なんですけど……え、俺がその役を?」
藤村に指示された箇所をみると、ディックの歯の浮くようなセリフが飛び込んできて目眩がした。しかし台本を渡されている今の状況では演技せざるを得なくなっている。
(どうしよう、ここで下手に演じればこの話はなくなる…けどやりすぎてわざとらしくなるのは駄目だ。いやそもそも演技のやり方なんてもう忘れてるし、素で演じたってきっと下手だよな…)
悶々としていた瀬田は仁王立ちになり、意を決して長らく逃げてきた演技をしてみようと口を開いた。しかしその時、弘也が成り行きを見守っていた女子達の方に声をかけた。
「形だけでも相手役がいた方がやりやすいだろ。ゆり子様、ちょっとこっち来て」
「えっ、なに。何で?」
弘也に押されたゆり子が瀬田の前に立つ。ただでさえ緊張していた瀬田は、彼女を見て卒倒しそうになった。
「瀬田、副会長を相手役と見立てて、ちょっとやってみろよ」
「……」
ゆり子を目の前にして、瀬田は爆発寸前にまで追い込まれた。しどろもどろになりながらも、とにかくセリフを言わなければと自らを奮い立たせ震えながら台本を読み上げた。
「キミハ、トテモウツクシイ。アイツニハモッタイナイヨ」
「ちょ、瀬田めっちゃ片言!」
弘也に笑われながら突っ込まれて顔が真っ赤になる。美少女相手にキザな台詞を言うなんて、見ているだけで精一杯の瀬田には不可能だった。
「おいおい、お前がくっさいセリフ片言で言うから、田中の奴固まってんぞ」
「……」
孝太のいう通り、ゆり子は瞬きもせずに硬直している。男嫌いの彼女相手に命知らずな事をしてしまったと瀬田は慌てて謝った。
「ごめん田中さん……やっぱり、俺には無理です。演技なんてとても…」
「大丈ー夫! 俺もやるから一緒に頑張ろうぜ」
そう言って瀬田と肩を組み始めたのは最初に話を持ってきた夏目だった。夏目は隣の瀬田が惚れ惚れするような笑顔を見せながら声高に訴えた。
「部長! 俺も柊二も頑張って練習して演技力あげるからさ、どうしてもうまくならなかったらチョイ役でもいいし、俺達を出してくれ。頼む」
「そんな夏目くん、もし君達が出てくれるならすごく助かるよ。こちらこそよろしく頼みます」
契約成立と言わんばかりに笑顔になる夏目と藤村。そんな二人を見て瀬田は弘也に訊ねた。
「…ん? もしかして今俺劇に出ることになった?」
「なったな」
「えええ、マジで?!」
瀬田が驚いている間に生徒会の皆は解決して良かったとばかりに解散していく。嵐志だけは不満そうにしていたが、詩音や真結美に「がんばって」と励まされ、気弱な瀬田はそれ以上何も言えなくなってしまった。
明日の放課後演劇部に来るように言われた瀬田は、その日の生徒会からの帰り弘也と並んで歩きながら落ち込んでいた。
「何で断れなかったんだ俺……」
「いつもの事じゃん。性格なんだろ」
「元はといえば弘也が俺をすすめるから!」
「だってあの部長困ってたみたいだし、生徒会の中じゃ適任かなーと」
「適任じゃないよー! 他人事だと思って! てか夏目くんがやるなら俺がいる意味ない気がするんだけど」
生徒会役員が二人も出ることになり藤村は大喜びで、何度も何度も頭を下げられた。瀬田も夏目からやってくれと頼まれたら断れたかもしれないが、一緒にやろうと言われれば断れなかった。
「こうなったら覚悟決めるけどさ……よかったら弘也も一緒にやってくれれば心強いなーって」
「何でだよ。俺が時間ないの知ってんだろ。ぜったい嫌」
冷たく突き放されて項垂れる瀬田。とぼとぼと弘也の少し後ろをついてきていると、弘也は1枚の紙をわたした。
「……なにこれ?」
「さっき書いてもらった佐々木嵐志のサイン。どうせお前、自分から欲しいとか頼めねぇだろ」
「えっ、これ…俺がもらっていいの?」
「いいぜ、俺いらねぇし」
「ほ、ほんとに? 俺お金払わなくていいの?!」
「お前、俺を何だと思ってんだよ」
「弘也……!」
そのまま弘也に飛び付いて、強く抱き締める。周りの目も気にせず抱擁してくる瀬田に弘也はやんわりと抵抗していた。
「ありがとう! 愛してる!」
「おい、ちょっとやめろ、俺までホモになったらどうする」
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