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日がな一日
002


「ごめん、遅れた〜! あー、もしかしてもう始まっちゃってる? 悪い悪い」

重役出勤よろしく遅刻してきた夏目は、笑顔で謝りながら生徒会室に入ってきた。彼の隣には白いシャツの一般生徒が立っていて皆の視線は自然と彼に集まる。瀬田はすぐその生徒の顔に見覚えがあることに気づいた。

「あ、みんなに紹介します。こいつ藤村っていうんだけど、俺達に頼みたいことがあるっていうから連れてきた。ほら部長、入ってこいよ」

夏目に促されてためらいがちに入ってきた藤村という生徒は、周りの視線に耐えつつ頭を下げた。瀬田と並んでもそう変わらないであろう身長と、短く刈り込んだ髪。一見野球部にも見えるが肌は白く、人の良さそうな顔をしていた。

「失礼します。俺は藤村一絵(ヒトエ)、3年6組、演劇部部長です。今日は折り入って、生徒会の皆に頼みがあって来ました」

「えっ、3年? 3年なの?」

弘也の一人言のようなツッコミには誰も答えず、瀬田は黙って彼の口を塞いだ。演劇部の部長ということで、会長である椿も藤村の顔は知っていた。

「藤村先輩、悪いですが文化祭の時間および公演場所の変更は認めません」

「いや、今日はそういう話じゃなくて。あの……」

「なんですか、先輩」

言いよどむ気の弱そうな先輩に、椿が急かすように声をかける。そんな彼を励ますために横で夏目が肩を叩いていた。最早どちらが先輩かわからない。

「大丈夫だって部長。年上なんだから堂々としてりゃあいいんだよ。ほら、座って座って」

「夏目くん、君は彼と仲が良かったのか」

「いや、クラスメートに演劇部の奴がいて、ちょっと困ってたみたいだから部長連れてきた」

「ああ、そう……」

真結美が持ってきたパイプ椅子に夏目は笑顔で彼を座らせる。何もこんな忙しいときに厄介事を持ち込むなとばかりに、他の役員は怖い顔をしていた。

「相談っていうのは、うちの2年の塩谷という生徒のことで。彼は先日足を骨折して、文化祭の舞台発表に出れらなくなったんだけど……」

「えっ、あの花形部員の塩谷くんが!?」

そう叫んで立ち上がったのは瀬田だ。他の役員は全員「誰?」という顔をしていた。

「なに、お前知ってんの?」

「当たり前じゃん弘也! 演劇部のスターだよ。彼のファンは結構いるんだからな」

2年の塩谷は長身で、体格の良い舞台映えする演劇部の生徒だ。生徒会メンバー程ではないが人気もあり、瀬田も密かに彼目当てで劇を見に行っていた。

「そう、その通り! うちの部は塩谷人気で持ってるようなものなんだよ。部員も少ないし、やれる演目も限られてる。もしこのまま塩谷不在で文化祭を迎えようものなら、軽音部に客を全員持っていかれるに決まってる!」

この学校には体育館が二つあり、文化祭当日は第一体育館を演劇部が、第二を軽音部が同じ時間に使う予定になっていた。軽音部もそれなりに人気があり、演劇部とどちらが客を呼び込めるか勝負をする形になったが、確かにこのままでは演劇部の分が悪い。項垂れる藤村を見て、我関せずを貫いていた孝太がため息をついた。

「で、それを俺達にどうして欲しいんだよ。軽音部と被らないようにしろってか?」

「そ、そうじゃなくて。お願いしたいのは、生徒会の方に、うちの劇に出てもらえないかということで」

「……はい??」

藤村部長の言葉に、全員が呆気に取られる。夏目だけは事前に話を聞いていたのか熱心に頷いていた。

「一人でも生徒会の方に出てもらえれば、きっとお客さんは来てくれる。塩谷の代役が無理なら、もっと台詞の少ない役でもいいから。どうか我が部を助けると思って、お願いします!」

「無理です」

「そんなっ」

椿に即刻断られて、そのまま崩れ落ちる演劇部部長。その背中を夏目が慰めるように撫でていた。

「会長、ちょっとは考えてあげてくれよ。こんなに困ってるのに」

「夏目くん、人助けは結構だが僕達を巻き込むな。こんなただでさえ忙しいときに劇なんか出てられるか。少なくとも僕は無理だ」

「私も」

「俺も」

「もーー、みんなして何だよ! 部長が可哀相だと思わないのか?」

「うるせーな、そんなに言うならお前が出ろ」

孝太のもっともな言葉に、夏目は額に手をあて気まずそうに俯いた。

「最初はそのつもりだったんだよ。ただ部長がオッケー出してくれなくてさぁ」

「いやあの、夏目くんの気持ちは嬉しいんだけど、試しに演じてもらったら酷い棒演技で……いやもちろん素人なんだから当たり前なんだけど、もう救いようのない棒で」

「ははは、言われてんじゃねーか」

笑う孝太を前にして拗ねたようにむくれる夏目。何でもそつなくこなしてくれそうな彼でも、演技力だけはなかったらしい。

「生徒会が忙しいのはわかるけど、俺達本来は生徒のための組織だろ。だったら生徒が本気で困ってたら、やれることはやるべきだ。誰かちょっとでも出てやろうって奴はいないのか?」

「うちの副会長がやってくれりゃあ、こいつ目当てのキモい男子が集まってくるんじゃね?」

「は? 私に押し付けないでくれる? 男の代役なんだから女は代わりになれないし、萩岡ほど暇じゃないから」

「俺がやります!」

孝太とゆり子がもめる中、一人の男が名乗り出る。ヤル気満々で志願したのは、アイドル佐々木嵐志だった。

「代役は俺がやる。それでいいだろ」

「も、勿論。佐々木くんがやってくれるなら、こちらとしては願ったり叶ったりで……」

「駄目だ。ろくに生徒会の仕事もできていないのに、そんなことが許可できるか。結局演劇部にも迷惑をかけるのが目に見えている」

即刻、却下する椿を嵐志が睨み付ける。皆がこのピリピリした空気にうんざりしていたが、瀬田だけはイケメン同士の喧嘩をドラマみたいだとワクワクしながら眺めていた。

「でも会長! 俺がやらなきゃ他に誰も……」

「そうだ、瀬田。お前やってやれよ」

「えっ」

突然弘也から話をふられ、傍観者を決め込んできた瀬田は硬直する。何を言い出すんだと弘也を責めるように見たが、すでに全員の視線は瀬田に集まっていた。


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