日がな一日
演劇部からのお願い
その日の生徒会室では、珍しく椿生徒会長が怒っていた。相手は一年の生徒会役員で、そして現役アイドルでもある佐々木嵐志だ。
「今月二度も欠席とはどういうつもりなんだ。ろくに仕事ができていない上に、大事な委員会会議にも出られないのか」
「俺だって休みたくて休んでるんじゃないですよ。仕事なんだから仕方ないじゃないですか」
人気急上昇中のアイドルの嵐志は、学生生活に支障が出るくらいの多忙な日々を送っている。椿もそれはわかっていて今まで生徒会に顔を出さなくても何も言わなかったが、文化祭を間近に控え、あまりの忙しさに嵐志の都合を考慮する余裕がなくなっていた。
「そういうことじゃない。前回の会議には先生も来られていたんだ。佐々木くんの欠席は知られているし、それが続けば来期君を指名するのは難しくなる。今後のためにも、なるべく出席しろという話だ」
「わかってますってば。だから今日はちゃんと来てんじゃんか〜」
最早敬語も忘れて椿と口論を続ける嵐志を、他の生徒会メンバーは黙って見守っていた。その中の一人、瀬田だけは目をキラキラさせて隣の杵島弘也に小声で話しかけていた。
「すごい、すごいよ弘也……生嵐志がこんな近くに」
「はいはい、わかったから静かにね。男相手にそんな興奮しないんだよ」
「うわー、後ろ姿も格好良い…椿くんとセットだとさらにいい。あーーサイン欲しい」
「えっ、なに? あいつのサインて高く売れたりすんの?」
「いやなに考えてんの。転売しちゃダメだから」
弘也から見ればただの生意気な一年でも、瀬田にとっては憧れのアイドルである。部屋にポスターまで飾っているくらい好きなのだから、興奮のあまり騒いでしまうのも仕方ないことなのだ。
「っつーか何でお前が俺と瀬田の間にいんだよ。邪魔だろーが空気よめよ」
幸せに浸っていた瀬田は、その乱暴な言葉に一気に現実に引き戻される。声の主は弘也の横に座りガンを飛ばして睨み付けてくるガラの悪い男、萩岡孝太だ。すっかり瀬田への好意という名の圧力を隠しもしなくなった孝太を、頼もしい弘也は負けじと睨み返していた。
「俺だってこんな居心地悪い席座りたくねーし。瀬田が俺をここに座らせてきたんだから仕方ないだろ」
「はあ? お前は俺に協力する約束だろうが」
「時と場合によってはな。今の俺はまず瀬田の味方だから。その前提を忘れるなよ」
「……」
二人の台詞は聞こえないふりをして、瀬田は弘也を壁にしながらまだ嵐志達を見ていた。そんな男たちの姿を見て向かいに座っていた女子の一人、中村真結美はにっこり笑って言った。
「瀬田先輩と萩岡先輩、とぉ〜ってもお似合いですよ。末長くお幸せにー」
瀬田を恋のライバルと認定している真結美は、本気にしていなくとも孝太との事を笑顔で祝福してくる。一応彼女であるはずの詩音は恋人の奇行を気にもせず、友人のゆり子と談笑していた。そんな彼女の姿を見て、二人が偽装カップルだというのは本当だったのだと瀬田は確信させられた。
「椿くんそれ以上その子に時間とるのやめない? さっさと仕事始めたいんだけど。やる気ないならいつでもやめてもらってかまわないし」
「まあまあゆり子ちゃん、落ち着いて」
「落ち着いてる。無駄な時間が嫌いなだけ。だいたい補佐とかいうのに入会式なんて必要なの? 正式な生徒会役員でもないのに」
いつも眉間にシワを寄せているゆり子が、苛ついた様子で足を組み椿に声をかける。彼女の言う通り、今日はそもそも補佐として瀬田と弘也が本格的に生徒会へ入るための顔合わせの日だった。とはいえ佐々木嵐志以外はとっくに知っていることなので、彼のために作った時間でもある。
「確かに田中さんの言う通り。約一名遅れているが始めよう。佐々木くん、君がいない間に補佐として入った、瀬田柊二くんと杵島弘也くんだ」
「よっ、よろしくお願いします!」
突然椿に紹介され、思わず立ちあがって頭を下げる瀬田。一方弘也は座ったまま手をヒラヒラさせただけだった。
「補佐ってそんなシステムあったっけ? しかも何で二人も。そんないらないんじゃ……」
「お前がさぼってばっかで来ないからだろ」
「……」
苛ついた様子の孝太の正論に嵐志は返す言葉がない様だった。テレビとは正反対の素の嵐志の姿に幻滅するどころかテンションが上がっていた瀬田だったが、彼には悟られぬよう無表情の下に感情を隠していた。そんな瀬田と弘也を胡散臭そうな目で見ていた嵐志はアイドルとは思えない険しい顔をして本性を出していた。
「別に反対ってわけじゃないですよ。ただ生徒会ってそんな簡単に誰でもホイホイ入れていいわけじゃないじゃないですか。俺やアンタらに近づきたいってだけの奴が紛れ込んだら、ここの伝統ってものが台無しになるでしょ」
「……お前、サボり魔のくせにまともなことも言えんだな。おい反論してやれよ、杵島。生徒会に入りたいご立派な理由を言ってやれ」
嵐志の言葉を聞いて孝太がニヤニヤしながら弘也を煽る。弘也の生徒会に入る動機が飼ってる鳥なので、余計なことを言うのではないかとヒヤヒヤしたが、そんな瀬田の心配をよそに杵島は嵐志を見て思い付いたように口を開いた。
「理由とか言われても……あ、そうだ。佐々木嵐志、だっけ? ちょっと頼みがあるんだけど」
「えっ、何」
「サインくれない? この紙の裏でいいから」
「は!?」
空気を読まない弘也の発言に全員が顔をひきつらせる。瀬田だけは自分が言いたくても言えなかった事を堂々と口にする弘也に、悔しいやら羨ましいやらで地団駄を踏んでいた。
「何で俺が男……いやあんたにサイン書かなきゃなんねーの」
「まあまあ、いいから。お近づきのしるしにってことで」
「何も近づいてねーよ、つか誰だよお前!」
図々しくも弘也は嵐志に半ば無理矢理ペンを握らせ、サインを書かせていた。弘也から後で言い値で買おうと目論んでいると詩音に声をかけられた。
「嵐志くんってクラスメートの顔すらあやふやだけど、柊二くんのことは知ってたみたいだよ」
「えっ、何で?!」
「何か顔に見覚えあるって言ってたけど…柊二くん目立つからかな?」
「ああ……」
ずっと一方的に見ているだけだった嵐志に存在を知られているというのは嬉しかったが、あまり学校にいない彼にまで噂が届いているなんて、悪目立ちも極まっている。いや、ホモと思われてるならまだいい。弘也のように昔の瀬田に見覚えがあるとすれば、絶対に悟られないようにしなければならない。
「でも二人接点ないよね。クラスもかなり離れてるし……。もし地元近いなら昔会ってたりして。柊二くんって中学どこだっけ?」
「井南川(イナカワ)中学ってとこ……県外だから知らないよね」
嵐志のような美形がいたら例え学年が違っても気づいていたはずだ。他県の何の特徴もない平凡な公立中学校の出身はこの学校にはいないと瀬田は思っていた。
「井南川? ん?? なんか聞いたことあるような」
「ほんとに? 名前の通り何もない田舎の公立校だけど」
「確か、夏目くんの地元が井南川市ってとこじゃなかった?」
話を聞いていたらしいゆり子の言葉に「それだ!」と手を叩く詩音。彼女らに見とれていた瀬田も、夏目の名前が出て反応した。
「さすがゆり子ちゃん〜、我が校ナンバー2の記憶力」
「名前の通り何もない田舎だって、自己紹介で瀬田くんと同じこと言ってたから思い出しただけ。でも中学は私立だったと思うけど」
同じ中学ならば瀬田も知っていたはずだ。彼は色々な意味で嫌でも目立つ。それでも夏目と地元が同じと知って、瀬田は心に引っ掛かるものがあった。
「それにしても夏目くん、今日ちょっと遅くない?? 入会式のことは知ってるはずなのにさ〜」
詩音がそう呟くのと同時にタイミングよく生徒会室のドアを叩く音が響いた。全員の視線が扉に集まる中、入ってきた夏目の横には一人の生徒が立っていた。
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