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日がな一日
002


ゆり子が瀬田を意識するようになったのは、一年以上も前からだ。当時まだ一年生だったゆり子は瀬田と同じクラスだったが、すでに男という存在を毛嫌いしていたため彼とは殆ど話したことはなかった。

男嫌いとはいうものの、実のところゆり子は年相応の女子であり男に興味がないわけではない。むしろ昔から恋愛小説や少女漫画を読みふけるほど恋というものに夢を持っている女子だった。
しかしそれ故に彼女の理想はいわゆる白馬に乗った王子さまで、どんなときでも女性を優しく大切に扱い、自分だけを見つめ一途に愛してくれる誠実な男性であり、並の男では話すことさえ嫌だった。だがそんな都合のいい男が現実にそうそういるはずもなく。理想が先行しすぎて男のちょっとした言動にも幻滅してしまい、結果男嫌いになってしまう。恋というものに夢を見すぎただめ、男に関して一段と厳しくなっていた
ゆり子もその悪循環にはちゃんと気付いていて、それでも直せないのだから自分が男と恋愛して付き合うことなど到底不可能だと思っていた。

自分は男が嫌いで、そんな自分は男に嫌われてしまう。それがゆり子の認識だ。唯一生徒会長の椿だけは生徒会の一員として最低限の会話をしているうちに、偏見の目で見ないようになった。向こうがこちらに対して何の感情もないと気づいたからだ。選ばれた人間、という言葉が相応しい椿という男にとってはゆり子などただの生徒会副会長で、それ以上興味を持たれることも踏み込んでくることもなかった。ゆり子自身もそれに倣い、男というよりはただの生徒会仲間として見るようになったのだ。

デリカシーもなく心ない言葉で容赦なく女子を傷つける男も嫌いだが、調子のいいことばかりペラペラと話す口だけ男ほど信用ならないものはない。それが彼女の持論だった。特に詩音が好意を寄せている萩岡孝太という男は最悪で、萩岡が女を格下に見ているのは明らかなのにそれに気づかない周りの女子もバカだと思った。何度かそれで詩音と喧嘩になったこともある。そこでゆり子は人の色恋に首を突っ込むものではないと学んだ。

瀬田柊二に関しては、当初萩岡とよく一緒にいる男という印象しかなかった。萩岡の友人にしては大人しく控えめで、それでも彼が目立っていたのはその見た目にある。高身長なのに顔は小さく整っていて、美青年という言葉がぴったりだった。しかしゆり子が本当の意味で瀬田を意識しだした理由は見た目ではなく、ある切っ掛けがあったからだ。




ある日の放課後、帰ろうと荷物をまとめていたゆり子は、後ろのドア口付近で集まって騒ぐ男連中に気付いた。普段から教室でよく騒いでいる迷惑な連中だ。そんなところで屯していれば邪魔になるのはわかりきっているのに、まったく気づいていない。現に教室を出ようした女子達が困ったように目配せしあっていた。
ここは自分がガツンと言ってやらねばと立ち上がったゆり子は、前の方の席にいたはずの瀬田が後ろの出口に向かったのが見えて足を止めた。

「ごめん、ここ通ってもいい?」

「あ、悪い」

瀬田の一言で男子達はすぐに教室から出ていく。大人しい女子達には言えない言葉でも、瀬田には何でもない一言だ。自分がでしゃばらずにすんで良かったと思っていると、迷惑な男どもを追っ払った瀬田がこちらを向いて手を広げた。

「先にどうぞ」

そう言って女子を通す瀬田に、ゆり子はびっくりしてその場面を離れたところからただ凝視していた。

(この男、紳士だ……!)

レディーファーストをとても自然にこなすその姿。格好つけるでもなく、さも当然の事のようにやってのけた瀬田柊二を、ゆり子はしばらく尊敬の眼差しで見つめていた。

一度意識してしまえば、瀬田の行動はよく目につくようになった。女子がゴミ捨てをしていれば率先して交代し、重いものを運ぶ時は必ず手伝っている。まるでそれが当然だとでもいうように困っている女子を見れば誰であろうと助けていた。
そんな瀬田は当然ながら女子達の間で好感度は高かったが、常に萩岡の横にいる彼が自ら女子と関わることはなかった。

この時はまだ瀬田という男に感心しているだけだと思っていたゆり子だが、二年なりクラスが離れ、瀬田が椿を好きだという噂が流れた時、それが間違いだったと気付くことになった。
瀬田は詩音のことが好きなのではないかと勘繰っていたゆり子は噂を信じられず、ろくに話したこともないのにその真意を瀬田に尋ねた。椿が好きだとはっきり言われた時、どうしようもなくショックを受けている自分に気づき、ようやく自分の瀬田への気持ちを知った。

自覚と共に失恋した事よりも、瀬田が男が好きだと知り自分には可能性がまったくないのだということが何より悲しく、クラスが別れたことは、彼を忘れる良い機会だと思った。けれど友人だった萩岡を怒らせた瀬田がクラスで一人でいることを知り、彼の様子がずっと気になっていた。
同じクラスだったら何かできたもしれない。いや、離れていても何かできることはあるのではないかと悶々と考え込む日々。そんな時、杵島弘也という転校生が現れたことで現状は一変した。


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あきゅろす。
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